Storycorpという「人の歴史アーカイブ」プロジェクトがアメリカにあるというのを何年か前に書いた。今もある。ホームページの冒頭に、「これは国家プロジェクトである」と書いてあるところがすごい。日本ではこういうものは、ないから、いつかこれの日本版ができないかと考えていた。どういうものかと言えば、普通の人の、生き様をインタビューの形で収録し、本人にもあげるが、コピーをワシントンの国家アーカイブぬ収蔵するという物だ。もう10年以上やっているから、相当な数になっていると思う。国家は永遠ではない。だから、後世に、アメリカという国があり、アメリカ人という区別の人がいて、いろんな人生があった。そう伝える為のものだ。国家の仕事というのは、こういう事をいうのだと思う。今回、関係者で話し合い「スタジオ・マイ・キャリア」という形で検討することになった。さて、どうなるか。
2008年5月21日水曜日
Studio My Career - Storycorp Japan
Storycorpという「人の歴史アーカイブ」プロジェクトがアメリカにあるというのを何年か前に書いた。今もある。ホームページの冒頭に、「これは国家プロジェクトである」と書いてあるところがすごい。日本ではこういうものは、ないから、いつかこれの日本版ができないかと考えていた。どういうものかと言えば、普通の人の、生き様をインタビューの形で収録し、本人にもあげるが、コピーをワシントンの国家アーカイブぬ収蔵するという物だ。もう10年以上やっているから、相当な数になっていると思う。国家は永遠ではない。だから、後世に、アメリカという国があり、アメリカ人という区別の人がいて、いろんな人生があった。そう伝える為のものだ。国家の仕事というのは、こういう事をいうのだと思う。今回、関係者で話し合い「スタジオ・マイ・キャリア」という形で検討することになった。さて、どうなるか。
2008年5月20日火曜日
激しき雨音 - 喉が、、、
日曜日のゴルフの最中に喉が痛くなり、昨日の月曜日がピークだったようだ。今日は昼を過ぎるあたりから、快方に向かっているように見えるが、まだ油断は禁物だ。という事で、昨晩は本を読みながら早く寝たのだが、朝方はバタバタという雨音で目が醒めた。昨晩の天気予報通りだったので、心の準備はあったが、午後からは晴れるとの事で、服装をどうするかで、若干迷った。レインコートを着れば上着はなんとかなるが、足元はどうにもならない。昔は長靴を履いたものだし、雪国ではそれなりのしたくもある。都会生活というものは、とかく型にはまってしまうので、「非日常性」への対応には困るものだ。養老孟史だったか、「都市は脳化の結果」と言うような事を書いていた。「中枢は抹消の奴隷」なので、脳は身体性、自然性を嫌う。だから、脳は生活環境を清潔にしたがる。これが都会化の所以だみたいな事だった。現代の服装も、脳のなせる業とすれば、自然環境への対応には不向きに向かっているのだろうか。薬で眠い。
2008年5月19日月曜日
TGIF - Already, It's a blue Monday now
2008年5月16日金曜日
Get Ready - Go!
2008年5月15日木曜日
適応制御系 - iHuman
ヴィトゲンシュタイン流に言えば、「私は世界のすべてを知っている」と言ってよいかもしれない。なぜなら、彼は「世界とは私の知っているすべてだ」というような事を言った(正しくは、「言葉で表されるすべての物」だったと思う)と理解している。だから、「語れないことは、沈黙しなければならない」と言ったのだろう。さて、雑踏を歩いていて、よく考えるのは、①これだけ多くのヒトが、曲りなりにもぶつからないで、よく歩いているもんだ(ロボットではこうはいかない) と、②これだけの数のヒトの脳に、それぞれの「世界」と「真理」があるんだ、 の二つだ。一卵性双生児は、(ほぼ)同じ「世界」を共有しているとの研究成果が出ているが、これ以外は、ほぼ違う「世界」を持っていると言ってよいだろう。しかし、一方では「人類は皆同じ言葉を話す」という説があるから、そうとすると、すべてのヒトの持つ「世界」は同一だ、とも言える。こう書くと、言葉の遊びみたいになるが、ここでは「世界(個別)」と「世界(全体)」の二つの世界が混同されている。どうでもいいか。
2008年5月14日水曜日
非存在の証明 - 走り梅雨?
2008年5月13日火曜日
カテゴリーミステイク - より良く生きる
COBOL言語の開発者である、海軍軍人のグレース・ホッパー(女性)は、戦時中ハーヴァード大のコンピューター、マークⅡ(車ではない!)のリレーに「蛾」が止まって故障したことで、世界初の「バグ」を発見した。この「蛾」を貼り付けた1945/9/9の日記帳は、ワシントンのスミソニアン博物館に所蔵されている。さて、「大銀行のオンラインシステム統合で、不具合が発生した」と、鬼の首を取ったようなニュースが日本では出る。確かに、銀行オンラインは、もはや公器であり、社会的影響は大きい。だから、綿密な準備とテストはもちろん必要である。しかし、これも費用対効果の算術の世界でもある。ソフトウエアの信頼性テストでは、欠陥があることは証明できるが、欠陥の無い事は証明できない。システムの規模が大きくなればなるほど、欠陥は存在し、すべてを取り除く事はできないのだ。だから、それを前提に、物事を考える必要がある。完全な人間はいない、完全な真理は存在しない。これと同じ事だ。利用者もメディアも、そこを履き違えてはいけない。重箱の隅をつつく事はできるが、つつく必要があるかどうかは別の問題なのだ。
2008年5月12日月曜日
心身問題 - 自己との対話
連休中に痛めた「テニス肘」がまだ痛いが、治るのには時間がかかる。この部位は血管が細く、新陳代謝が遅いためらしい。気長にストレッチでもして治そうか。という事で、先週のテニスは休んだ。がしかし、季節はずれの氷雨の中、昨日は久々に石岡へゴルフに出かけた。案の定、客は少なく、前後を4時間で回れた。後半は小ぶりになり、ペースもパートナーも良く、おかげさまで、「自己ベスト」でのフィニッシュだった。昨年もそうだったが、春をすぎる頃から調子が出てくる。今は、ドライバーとスプーンが絶好調。脳との対話がうまくいっている。これでアプローチがよければ間違えなく30台で回れそうな勢いだ。ま、何処かが悪い事でバランスを取っている感じもある。こんな事を日夜考えているプロは、ホントに大変だろう。
2008年5月9日金曜日
新・平家物語 - 最終巻
2月中旬から移動中に読んでいた、吉川英治の「新・平家物語」がついに最終巻の第16巻となった。既に平家は壇ノ浦で滅び、あとは義経の最後を残すのみとなった。吉川の「完結のことば」は先に読んでしまったので、7年間の苦闘と感慨は周知だ。だから、この最終巻は、一枚、一枚を大事に読んでいる。保元・平治の乱に始まる、400年の平安時代末期の朝廷、源平三つ巴の混乱。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。」 ローマも、ヨーロッパも、中国も、歴史は皆似たり寄ったりかも知れない。「国を永遠に持続する事はできない。ただ、長持ちさせられるかどうかだ」と書いたのは塩野七生だが、「人」の人生も又同様。平家物語は、「人の死の形」の物語のように読めた。しかし、東北から九州まで日本全土を舞台にした展開は、迫力があった。
2008年5月7日水曜日
グリーン・カーテン - エコ生活?
去年は朝顔だったが、今年は「ゴーヤ」でベランダ緑化をすることに決定。早速「ネット」で、「ネット」と「苗」を注文すると、直ぐに届いた。便利なものだ。ところが、拙宅のベランダは、ゴーヤの重みに耐えるネットを張るというか、つるす屋根がない。コンクリートだからだ。昨年は、家の周りに自生する青竹を切り出して、上部に棒をわたして「枠」とした。台風の時に枠全体が倒れた他は、朝顔の蔓と花を支えるには十分だった。で、思案。3階屋上から、ロープで、鉄製の3mくらいのカーテンレールを吊った。今年の夏は、「ゴーヤ」料理でにぎわうか?ところで、GWも終ったが、初日のテニスで肘を痛めてしまい、しかたがないので、ランニングや買い物でお茶を濁した。(写真はパクリ。本物はおいおい)
2008年5月2日金曜日
毎日が、、、 - 天気はよし!
城山三郎が「毎日が日曜日」を書いたのは1976年。丁度自分は社会人2年目だった。さて今週、日本は全国的にGWのど真ん中。大ちゃんのように2週間休暇を取ってスリランカで瞑想のヒトもいれば、自分のように、カレンダー通りに、仕事と休みを重ねているヒトもいる。古代のローマ人や、日本だって江戸時代の奉公人なんかは、基本的に休みが無かった。たまに行く焼き鳥やの大将も、「休みなんかねーや」と言っていたが、最近はどうなんだろう。ユダヤ人が安息日として日曜を休んだのは、点呼のためだったという説があるが、真偽は知らない。ただ、ローマ人に嫌われたという事は知っている。宗教は「習慣」を強いる事で、邪宗との差別化を図るのだ。ところで、城山の書の主人公は、定年したわけでは無い。高度成長期、海外勤務から京都支店に左遷され、閑職や、それまで省みなかった家庭を苦悶するという商社マンだ。さて自分、このGW後半「毎日をどう生きるか?」。答えは簡単!ゴルフとテニス、、、そして家の掃除だ。
2008年5月1日木曜日
考えるワタシ - その果ては
2008年4月28日月曜日
Span of Recognition - NY vs. TKY
日本は、全国的にGWだが、そう書く自分はカレンダー通りだ。昔は軽井沢で過ごすという時期もあったのだが、人出も増えたし、休暇取得自由度も高まった今は、「何もこの時期に」という選択だ。と言う事で、土日は、テニスとゴルフでお茶を濁した。それはそうと、NYに住んでいた頃を思い出すと、なんだかもっと、街が身近に把握できていたが、東京に住むということは、どうも茫洋感がある。選択肢の多さなのか、都市の大きさなのか。という事で、調べてみると、まずマンハッタンは広さが約60K㎡で、人口が161万人。東京23区が、622K㎡で、866万人だ。東京が、広さで約10倍、人口で約5.4倍、だから人口密度は約半分だ。広さだけで見ると、マンハッタンは、丁度世田谷区くらいで、そこに倍の人間が住んでいる勘定だ。だからなのか、NYに住んで居た頃は、季節ごとのイベントとかの季節物が、肌で感じられて、身近な感じがしたのかも知れない。NYの方が人口密度は高いと言うのは、やや意外だが、東京は、住民と言うより、周辺からの流入人口が多いのだろう。
2008年4月25日金曜日
Apotosis - Nature and Nurture
「氏も育ちも(Nature and Nurture)」が現在の定説だが、生まれて直ぐの環境は、「人」の造りをかな左右する。昨晩TVをなにげに見ていたら、「顔識別ニューロン」なるものを題材に、人が顔を区別する仕組みを取り上げていた。大学の卒論で、多変量解析での「顔分析」を用いた自分としては、興味があった。そこでだ。人(大人)が顔を識別するには、生活周辺に存在する多数の顔から最大公約数的な「中心的顔」を形成し、そこからの「差」として捉えているという。これは、「言語は差異の体系だ」と言ったソシュールの論とも符合する。それよりだ。サルの顔を区別する事ができるのは幼児時期だけともあった。これも言語能力形成と同じで、乳児は言語能力を「すべて」持って生まれるが(これは「プラトンの問題」といつか書いた)、育て親の会話を聞く内に、必要音域などを聞き分けるニューロンだけが残り、残りは死滅する。これを「選択的死(アポトーシス)」と言う。乳児時期に多くの体験をさせることはできないだろうが、「人」に必要なのは、自分の活動の場をどの範囲で規定(意識)して、コミュニケーションとベンチマークのアンテナを活性化させておくという、モティベーションを維持する事だな。と、再認識した。
2008年4月24日木曜日
Cosmetic - Global competition
2008年4月23日水曜日
Spindoctor - 「私」の本性
久しぶりにスティーブン・ピンカーから引用。「私たちはみな、すべてを掌握しているという単一の『私』が存在すると感じる。しかしそれは、視野全体がくまなく細かいところまで見えているという印象と同じく、脳が懸命に作り出している錯覚である」。「意識のある心は、スピンドクター(情報操作のプロ)であって、総司令官ではないのだ。フロイトは、『人類は、科学の手による、素朴な自己愛に反する3つの非道な行為を耐えてこなくてはならなかった』と書いた。3つとは、私たちの世界が天球の中心ではなく、宇宙の小さな点にすぎないという発見、人間は、特別に創られたのではなく、単なる動物の子孫に過ぎないという発見、そして意識のある心は私たちの行動を支配しているのではなく、後付的な話をしているに過ぎない場合がよくあるという発見である」。私事、丁度1年間、毎週通った、高輪のテニスを昨晩で最終とした。しかし、ワーク、ゴルフ、テニス、マラソンと、すべてを掌握していると錯覚している「私」は、まだテニスは続ける。中川君の「スピン」に負けないように、、、
2008年4月22日火曜日
こんな場所に - サイコン
昨晩は、愛宕神社境内にある「菜根」へ行った。中村氏、荻原氏と3人だ。50年経っている、和風の古料理屋で、池田屋もどきの急階段など、風情があるというか、よくまあ、というか、不思議な空間だった。ご馳走になったので、なんなんだが、料理は美味しいが、高級感を期待してはいけない。でも、一度行くには値する店だ。桜の時は、いいらしい。さて、ちょいと早くついたので、愛宕神社境内を散歩した。小さいがなかなか面白い。看板に由緒が書いてあったが、井伊直弼を襲撃した水戸浪士集結地だったり、勝・西郷会談の地であったりしたらしい。正面は男坂(写真)と言って、86段の急勾配。裏を回る女坂もある。理由は知らないが、境内にはもう一軒、田崎信也?だったか、ソムリエ経営の和食レストラン(この日は休業)もあった。大ちゃん曰く、「桜がいいんだ。桜が」と言っていた。たしかにそうだろう。関係ないが、襖隣の席での会話が聞こえてた。「俺は2500億円持ってる。1%で調達して、2%で回るから、云々、、、」なんて、叔父さんが大声で話していた。どこかの商社とか、銀行の名前を繰り返し叫んでいたが、こちらに聞こえるように話していたのかな?世の中には怪しいやつが多い。気をつけよう。
2008年4月21日月曜日
すべての事は - メッセージ
2008年4月18日金曜日
Spring Storm - 映画と英語
2008年4月17日木曜日
心機一転 - あれもこれも
2008年4月16日水曜日
桜も散って - 早、4月も半ば
2008年4月1日火曜日
New Challenge - see yah!
2008年3月25日火曜日
「終わり」と「始まり」 - Turn Table
桜も開花し、世の中、卒業式の季節だ。街には、着物姿の女子学生がいる。自分の大学卒業式は、まったく覚えていないから、多分出席しなかったのかも知れない。或いは、忌まわしい(笑)記憶として、忘却の彼岸に行ったのかも知れない。しかし、22年前、シカゴのBSの卒業式は、はっきりと、そして第2の人生の出発点として、記憶している。苦しい2年間だっただけに、あの日の感動は忘れない。さて、日本では、当たり前だが、「終わり」の式として、卒業式があるが、英語では、「Commencement」と言い、「始まり」の式としてある。除夜の鐘も「終わり」の鐘で、タイムズスクエアのボールは、「始まり」を祝う。かように、東西の文化は違う。さて、2004年10月13日から、ほぼ毎日、約1000回書いてきたこのブログも、そろそろ「卒業」の時期が来たようだ。さて、今度は何を「Commence」するか?
2008年3月24日月曜日
ひと雨ごとの、、、 - 桜も運動も
2008年3月21日金曜日
ベンチマーク? - さすらいの貧者
NYでの単身生活が長かったせいか、一人での行動には違和感がない。出張ばかりの移動狩猟生活だった20年間は、だから友人と集ったり、誘い合ったりもできず、ただシューズを持ち歩いて、ランニングをしていた。俗に、ランニングは貧者のスポーツとも言う。帰国後は、ゴルフとテニスを定期的にするようになり、テニスは来月で、もう1年になる。どちらも、通常は一人での参加だが、特にゴルフは毎回パートナーは変わるのが、問題はない。いつも、今日のお相手は?から始まり、1-2ホールで腕を拝見しながら、進行する。同レベルの人とわかっている、月例会などは、ある意味そのプロセスが不要で、安心感があり、総じてスコアも良い。しかし、上でも下でもレベル差が大きいと、スコアが悪い。相手が何者かを確認することがあるか、ないかという、日米文化の差のようなものだ。ところで、昨日は祭日なので、3時間のテニスの特別レッスンを受けた。美女?に囲まれて、張り切りすぎ、今日は足が痛い。
2008年3月19日水曜日
Where are you? - Where we are going to?
今、自分が話している相手が、自分と同じ「世界」を持っていないという事は、言葉では判ると思うが、実感する事は少ない。日本に居ると、それが顕著だ。というような、大げさな話ではないが、今朝、クレジットカードの件で、フリーダイアルにかけて、(感じのよい)おばさんと話をした。用件だけの内容なら、特にどうと言う事は無かったのだが、「日本からかけているよ」と言うと、「おー、何度くらいなの?」と返してきた。「55度くらい(ここで華氏なのが憎いね)かな」と私。「寒いのね」と彼女。「?」。そこでだ、「あんた、何処にいるんだい?」となったわけだ。だって、NYは今朝みたら、やっぱ、東京と同じ55度だったからだ。答えは。「フォート・ローダデールよ」。なんてやつだ、フロリダじゃないか。悔しいね。ボカラトンというリゾートは、そこから近くて、ゴルフが最高なんだ。関係ないが、クレジット会社だって、金融機関だ。2日前、BSが2ドル/株で身売りしたそうだ。今、15年前の自分の手帳が目の前にあるが、ここには90年代初頭の不況の歴史がまとめてある。延べ4300万人がレイオフされた。あれだ。
2008年3月18日火曜日
Predestination - Head or Tail?
ポカポカの日曜日、久しぶりに映画を見に行った。NY時代の週末は、朝はセントラルパークを走り、午後からは映画を見るのが定番だった。帰国後は、それが無い。朝のランニングは、「そこに公園がない」のが理由で、午後の映画は、「そこに映画館がない」のが理由だ。なんと、「だらしない」と思われるだろうが、そういうものだ。映画について言えば、NY時代は、映画館の数も多くて、毎週新作が出る。観客の楽しみ方も違っていて、雰囲気自体が楽しかった。言い訳はこれくらいにして、日曜日。「ライラ」にしようかとも迷ったが、新聞で見ると、吹き替え版やら何やらで、どうも「お子チャマ向け」の感じがぷんぷんで、興ざめ。NYだったら、こんな事は感じないで見れたと思う。どうでもよいが、それでだ、「ノー・カントリー」を「見てしまった」。これは、怖い映画だ。音楽が無いのが、又怖い。コーエン兄弟の作品だが、12年前、「ファーゴ」を見たときの、気味悪さを思い出した。ファーゴは、今でも独特の記憶として、吹雪のシーンが脳にへばりついている。あれは音楽も不気味だった。邪推かもしれないが、ポスターは「ベトナム戦争」を想起するが、意味ありだな。
2008年3月17日月曜日
ベルーフ・イデー - 我は?
「天職」というのが、和訳だが、マーチンルターの言葉だ。福沢諭吉は、「天の上に人を作らず、天の下に、、、」と言ったが、これは、ルターの思想を基礎にできた(作ろうとしている)欧米社会の表層の事だ。「天職」とは、それまでの封建的階層社会の「である」構造でなく、「職・階層に貴賎はない」、あるのは「どの職でも、それを懸命にこなす」という「する」という意欲とダイナミズムにあると言うことだ。もっと言えば、世界や人生には「これが正しい」という「真理」や、誰が正しい、誰が偉いという事はないという事だ。日本は春めいてきたが、世界の通貨や物価も大きく変わりゆく。変わらない事が大事なのではなく、変わり行く事物の中に、「生きる」目的を探す。
2008年3月14日金曜日
北京で蝶が、、、 - NYでどうなる?
確か、そんなような話だったと記憶しているが、それが「NYでどうなるか」が思い出せない。そんな事はどうでもよいが、「言葉上」は「風が吹けば桶屋がもうかる」みたいな話だ。しかし、内容は高尚で、「複雑系理論」の中ででてくる、多分カオス理論の話だ。さて、今日の東京は「雨」。という事で、NYの天気を見てみると、やはり「雨」。気温まで15度前後で同じだ。春だから北半球は世界中どこも「春」の気候というわけでもあるまいが、何度も書くが、NYと東京の天気は似ている。そこで、複雑系を思い出したわけだが、残念ながら、この2都市の天気に因果関係はない。当たり前だ。さて、文脈も無茶苦茶だが、「複雑系理論」は、サンタッフェ研究所が発祥だったのだが、読書後、あまりに刺激を受けたので、当研究所を訪問してしまった。あれは何年前だったろうか。映画ジュラシックパークでの恐竜の動きに活用される前だったから、もう随分と昔だ。
2008年3月13日木曜日
超偏見? - ごめん!
最近は、アメリカなどの食事も美味しくなって来たが、その昔のメシは「おおいに」まずかった。ロンドンなんぞに行った時は、「どうしてこんなに」と思うほど、食べる物がなかった。キドニーパイなんてのがあるが、申し訳ないが、食えた物ではない。申し訳ないが、スイスも貧し?かった。なにせ、チーズとジャガイモしかないのだ。悪い!ちょっと言いすぎかもしれない。しかし、これには理由があった。宗教改革での有名人にカルバンという人がジュネーブに居た。徹底的にストイックな人で、夕食時に家庭を回り、贅沢を取り締まったそうだ。そこで、人々は「わざと食事を貧しくつくる」ようになったそうだ。これは本当だ。そうでもなければ、あれほどまずくはない。さて、その逆が中国&日本だ。つまり、「人の欲」のままに食事を作るとすると、美味しい物を少しつつ多様に食べるようになる。それが、満願全席だったり、宮廷料理だったり、懐石料理だったりするわけだ。これは、推論だ。そして、欧米だが、最近のグローバル化で発見した人の欲望が、「ホント」の美味しさを求めるようになったというわけだ。日本酒だって、ラーメンだって、20年前のNYでは「偽者」ばかりで不味かったが、今は「本物」が流入し、美味しくなった?
2008年3月12日水曜日
夢も希望も? - 欲望資本主義
「弱小停滞国日本」と言ってしまっては、あまりに可愛そうだが、首相が変わって以来、どうもそんな感じがする。グローバルに見てみれば、なおさらだ。ドルの一人安は、サブプライムも加わっての、投機資金の流れだろうが、サブプライムの損を海外にばら撒いた分だけ、アメリカは得をしているらしい。景気はしばらく悪化するだろうが、その後は復活すると聞いた。「10年はかかる」と言われた、90年代初めの後退からの復活を目撃した自分は、それに同意する。一方、中国がすごい。昨年見た上海もそうだが、流れとしては、40歳代の米国留学帰国組みを中心に、「欲望資本主義」まっしぐらだそうだ。今日聞いた話では、マカオがベガスを抜くほどだそうだ。「ひと財産かける」なんてのがかっこよいそうで、商売もギャンブルもと言う事らしい。良いも悪いも、人の欲望を基礎に、リスクを取って、「夢や希望」を追いかける。この成長ダイナミズムが大事なんだな。月並みだが。
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