2008年6月5日木曜日

モノを見る目 - 梅雨は始まったばかり

なぜかは知らないが、イリノイから一時帰国している3男が、箱根にいったらしい。昨晩の我が家の食卓には、お土産のお菓子に加えて、寄木細工がいくつかあった。写真のからくり箱は、昔長男が持っていたもので、昔から欲しかったとの事。執念深いものだが、まあいいだろう。写真はないのだが、もう一つ、丁度手裏剣のようなかたちで、二つの木材を中央で結合した、知恵の輪のようなものがあった。やがて帰ってきた次男は、コツをしっていたらしく、一発ではずした。それを見た私も、30分ほど格闘したが、偶然にもはずす事ができた。外から見ると、非常に単純な造りに見えるのが、ひっかけで、実の構造は、中央に細い丸軸を両方向に組み込んだ、精密なものだった。タネ明しはしないが、問題には見かけだけで取り組んではいけない、という教訓を思い知った。ま、だから、からくりと言うのだが。

2008年6月4日水曜日

ゴーヤ記念日 - 世界と我が家

テラスにゴーヤの苗を植えたのが、GWの5/5だったので、丁度1ヶ月たった。写真を見ればわかるが、驚異の成長振りだ。これが普通なのか、面倒を見ている私がよいのか知らないが、この調子でいけば、何処まで育つだろうか。調べてみるとゴーヤの収穫は8月頃とあるが、どうだろうか?そういえば、まだ花は咲いていない。一方、一緒に植えたキュウリは、成長はゴーヤの負けるが、茎、葉は、ドシッとしていて、既に花も咲き、実らしきものも今朝には出現した。2日前の飲み会で聞いた話だが、原油、食物の高騰の関係で、これからは「日本の植物育成技術」が注目だそうだ。長年の品種改良などを経て、気候変動に強い、病虫害につよい、良質な品種をそろえているということだ。世界経済と我が家のテラス、こういうところでつながっているのだ。なんちゃって。

2008年6月3日火曜日

雨か、、、 - 京都から東京へ

ここ数日、資料をまとめたり、文章をたくさん書くので、ブログまで力がまわらなくなった。と、まず数日のブランクの言い訳。人に見せる文章は、いい加減には書けないから、読み返したりで大変だ。作家業というのは苦しい仕事だと思う。などと書くと、「ブログは書く殴っているな」と思われるだろうが、その通りなので、申し訳ない。さて、日曜日から京都に行ったので、雨の土曜日にゴルフをする羽目になった。一日中降ったし、風もふき、しかも気温も低かった。当然の如く、スコアも悪く、いいとこなしで意気消沈だ。日曜日の京都は良好で、新緑が綺麗だった。夕食は、東山、高台寺山門の京大和。井上馨、久坂玄随など維新の志士が会談したという部屋で夕食をとった。京都は歴史のタイムカプセルと言った人があるが、確かに平安の昔から、この狭い地域は日本の中心だ。梅雨入りしたと言う事は、しばらくゴルフは雨との戦いなんだろうか。うつ、うつ。

2008年5月29日木曜日

高氏とダーク - 日本と世界

新・平家物語16巻を先週読み終わり、気分転換というか、本屋で見つけて、クライブ・カッスラーを買った。ダーク・ピットを主人公にしたカッスラーのこのシリーズはは、スケールが大きくて、時代と世界の広がりを股にかけるので面白い。しかし、やはり、「新・平家」の余韻は捨てがたく、続著の「私本太平記」の1,2巻も買ってしまった。数日、移動中は2冊持って、交互に読んでいたが、面倒になり、今はダークは、枕元にあり、寝る前に読む。吉川英治は、「新平家」の後、直ぐに書いたのが、この「太平記」だそうだというので、違和感なく続読なのだが、実はこの二つの話の間は100年位開いている。つまり、頼朝が平家を倒し、義経、平泉を打つまでが、「新平家」だが、「私本」は、鎌倉北条執権政治が揺らぎ始める頃から始まるからだ。この間は、承久の変、元寇もあったのだが、長い歴史でも、面白いのは、変化が起こる時期なんだろう。蛇足だが、「私本」は8巻しかなく短いなと思っていたら、書き下ろし途中で亡くなったそうだ。

2008年5月28日水曜日

もの、かたち、ちから - テラスの哲学

ギリシャの哲人たちも現代の我々も、「考えるヒト」という点では、あたりまえだが同じだ。逆に言えば、ヒトが考える構造の基礎がその頃できたといってもよいだろう。考える対象物である「もの」、それの設計図で、イデアに近い「かたち」、そして、生きる物のかたちの底流をなす「ちから」という思考の構造だ。特に、後の2つは、アポロン的、ディオニソス的ともいえるし、現代的に言えば、構造と機能と言ってもよいかもしれない。さて、テラスにゴーヤの苗を植えたのが、5/5で約3週間がたった。5/14の写真と比べてみれば判ると思うが、2週間ですでにこの(写真)成長振りだ。1週間くらいで、しおれて枯れそうだった一本も、ケアのかいがあったのか、どうやら持ち直してきた。生き物はDNAにその設計図を組み込む。だからこれを生き物の「かたち」と言えない事もない。しかし、生き物は静止的な「かたち」を作るだけでなく、「生きる」というダイナミズムの「かたち」を持っている。もっと言えば、その生き物の中で、ヒトは「意思」を持つ事ができる。「力への意思」、これはニーチェの言葉だ。

2008年5月27日火曜日

積み上げだな - 一歩、一歩 

「何を物好き」と言うなかれ。月例競技でそれなりのスコアを出さなければ、ハンデキャップは上がらない。最近調子はよいので、大きなミスをしなければ、なんとか手に届くところまで来ている。あと一つあがれば、上のクラスへいけるので、そうなると月例日程も変わり、石岡の月例にも参加できるので、世界がかなり変わる。ところが先月の月例は、OB4発で、見事沈んだ。という事で、日曜日は大雨の中、厚木まで出かけた。結果は、悪くは無かったのだが、2-3打多かった。OBは無かったが、ちょとしたミスがいくつか出たと言う事だ。昨晩もベッドに入ってから、各ホールの一打、一打を振り返り、なんとか反省と対策のイメージを整理した。昨年から見れば、平均スコアは間違えなく進歩しているが、そこは「欲」の世界だ。ランニングでもそうだが、より長く、より早く、より遠く、少しずつの積み上げで、「上」を目指す。エヴェレスト登頂も、多分そういう形だろう。どうでもいいか。

2008年5月26日月曜日

教育工学40年 - この国の明日

金曜日の午後からは「教育工学研究会」の40周年の特別講演会に出席した。教育工学の祖である、坂元先生の「黎明期の話」という部分しか知らない自分は、正に「古株」の部類に属すると確信したが、教育工学で卒論を書いただけで、後は市井一般人として長い人生だった。その自分が、40周年の講演を聴くことになるとは、考えてもいなかったが、参加した多くの若者を見るにつけ、感慨無量のものがあった。講演内容はともかく、最近のICTの状況の説明のなかで、「国民総生産に対する教育費の割合は、調査125カ国中89位」「ICT取り組み度は、ここ2年で14位から19位へ後退」しているとの事だ。島国、少子化の日本は、観光立国へも向かって進むとは思うが、「知識立国」とも言われてはいなかったか。ゆとり教育からの舵は切られたとの事だが、つまらん利権や利殖に使う金があるなら、将来のヒトに投資すべきと思うのは我のみか?風邪が治らない。ゴルフのスコアも停滞気味で、青い月曜日だ。

2008年5月23日金曜日

Jupiter Quartet -  たおやかな日本?

昨晩は、宮田大とジュピターカルテットのコンサートへ出かけた。旧知の皆さんとのご挨拶もあるが、宮田大は何回か聞いている。4人は、ジュネーブ音楽院在席で、それぞれ弦楽器の名手だ。こういうコンサートではいつも考えるのは、1)人にとって音楽とはどういうものか と、2)西欧の音楽と日本の音楽の違いだ。昨晩は、出だしの一曲が、黛敏郎作曲の「文楽」だったので、特に2)ばかり考えていた。こう書くと、「演奏を聴きに言ってなにやってんだ」としかられそうだが、演奏はそれなりに楽しんでいる。さて、日欧比較で、特に楽器なんだが、日本は「笛、鼓」系は主体で、弦楽器は、琵琶、琴、三味線など、なんとなく、優しい系が主流のようだ。比して西欧は、「笛、琴」が原型だろうが、その後はハープ、ピアノ、バイオリンなど弦楽器系、木管、金管楽器系と、技術的、工学的、科学的に大きな進化を遂げている。やはり、長い歴史での、切磋琢磨のベンチマークの結果なんだろうか。

2008年5月22日木曜日

社会主義国、日本 - 格差はあるが

昨晩は、有栖川公園となりの麻布運動場でテニスをした。大学の同期、甲斐荘、中西、根岸、自分の4名で、7時から9時まで。これでなんと一人400円。公共施設は安いものだ。これが、高輪だったら、桁が一つ違う。もちろん、抽選なんだが、施設自体のレベルは高い。港区という事で、財政面で恵まれていると言う事もあるのかもしれない。そういえば、港区の保養所というのが何箇所かあるが、箱根の「みなと荘」という施設も、なんだか有名な建築家が設計したような豪華さだ。夏の契約旅館なんてのも、子供が小さい時は時々連れて行った。こう見ると、財政的に苦しい地方は、こんな施設はどうなっているのかと知りたくなる。夕張はともかく、東京中心区ほどの物はないだろうが、地方旅行で、時々目にする、箱物行政の遺産みたいな物はありそうだ。そういえば、テニス肘は、なんとなく良くなって来た。根岸君とも意見があったのだが、ゴルフをすると、テニス肘はなんだか、良くなる。逆の筋肉を使うのだろうか?

2008年5月21日水曜日

Studio My Career - Storycorp Japan

Storycorpという「人の歴史アーカイブ」プロジェクトがアメリカにあるというのを何年か前に書いた。今もある。ホームページの冒頭に、「これは国家プロジェクトである」と書いてあるところがすごい。日本ではこういうものは、ないから、いつかこれの日本版ができないかと考えていた。どういうものかと言えば、普通の人の、生き様をインタビューの形で収録し、本人にもあげるが、コピーをワシントンの国家アーカイブぬ収蔵するという物だ。もう10年以上やっているから、相当な数になっていると思う。国家は永遠ではない。だから、後世に、アメリカという国があり、アメリカ人という区別の人がいて、いろんな人生があった。そう伝える為のものだ。国家の仕事というのは、こういう事をいうのだと思う。今回、関係者で話し合い「スタジオ・マイ・キャリア」という形で検討することになった。さて、どうなるか。

2008年5月20日火曜日

激しき雨音 - 喉が、、、

日曜日のゴルフの最中に喉が痛くなり、昨日の月曜日がピークだったようだ。今日は昼を過ぎるあたりから、快方に向かっているように見えるが、まだ油断は禁物だ。という事で、昨晩は本を読みながら早く寝たのだが、朝方はバタバタという雨音で目が醒めた。昨晩の天気予報通りだったので、心の準備はあったが、午後からは晴れるとの事で、服装をどうするかで、若干迷った。レインコートを着れば上着はなんとかなるが、足元はどうにもならない。昔は長靴を履いたものだし、雪国ではそれなりのしたくもある。都会生活というものは、とかく型にはまってしまうので、「非日常性」への対応には困るものだ。養老孟史だったか、「都市は脳化の結果」と言うような事を書いていた。「中枢は抹消の奴隷」なので、脳は身体性、自然性を嫌う。だから、脳は生活環境を清潔にしたがる。これが都会化の所以だみたいな事だった。現代の服装も、脳のなせる業とすれば、自然環境への対応には不向きに向かっているのだろうか。薬で眠い。

2008年5月19日月曜日

TGIF - Already, It's a blue Monday now

先週は何かと忙しかったから、金曜の夜はまさに、Thanks God It's a Friday(TGIF)だった。(日本)ケロッグ同窓会では、毎月第三金曜日に赤坂ローリーズで開催で、年代幹事の私は「年寄り組」を代表して、なんとか出席に勤めている。しかし、開始時間が午後9時だ。若者はなにかと忙しいという理由でそうなっているのだが、我らの年代にな、ちと時間が遅い。更に、会を重ねる毎に人数も減少で、今回は、私を入れて5人だった。しかし、2000年卒x2名、2006年卒x2名で、英語人もいたので、自分としては、世代を超え、国境を越えて、話ができて面白かった。というわけで、ちょいと飲みすぎたせいか、週末は風邪気味で、日曜のゴルフは、まあまあという所だった。コースは千葉の「ニュー南総」。中央は、アスペン会議の鈴木さん、右はケロッグの後輩の松原さん。

2008年5月16日金曜日

Get Ready - Go!

ゴーヤだけではもったいないと、キュウリの苗も植えた。走り梅雨のような雨の日も終わり、もはや初夏の出だしのような陽気だ。ということで。ベランダの苗たちも、ネットカーテン向けて、「よーい、ドン!」と競争を開始したように蔓を伸ばしだした。7月にゴルフデビューするという長男が、最近練習に精をだしてる。アプローチが上手な次男は、既に「初心者」に域は脱しつつあるのか?来週から2週間程帰国する3男は、アメリカでゴルフ三昧と言っていたが、どうやら勉強が忙しくて、それ何処ではないようだ。家族4人でゴルフをする日も、そう遠くは無いかもしれない。

2008年5月15日木曜日

適応制御系 - iHuman

ヴィトゲンシュタイン流に言えば、「私は世界のすべてを知っている」と言ってよいかもしれない。なぜなら、彼は「世界とは私の知っているすべてだ」というような事を言った(正しくは、「言葉で表されるすべての物」だったと思う)と理解している。だから、「語れないことは、沈黙しなければならない」と言ったのだろう。さて、雑踏を歩いていて、よく考えるのは、①これだけ多くのヒトが、曲りなりにもぶつからないで、よく歩いているもんだ(ロボットではこうはいかない) と、②これだけの数のヒトの脳に、それぞれの「世界」と「真理」があるんだ、 の二つだ。一卵性双生児は、(ほぼ)同じ「世界」を共有しているとの研究成果が出ているが、これ以外は、ほぼ違う「世界」を持っていると言ってよいだろう。しかし、一方では「人類は皆同じ言葉を話す」という説があるから、そうとすると、すべてのヒトの持つ「世界」は同一だ、とも言える。こう書くと、言葉の遊びみたいになるが、ここでは「世界(個別)」と「世界(全体)」の二つの世界が混同されている。どうでもいいか。

2008年5月14日水曜日

非存在の証明 - 走り梅雨?

恩師の林先生は、「ゲーデルの不完全性定理」の証明をされていたが、私には難しすぎてわからない。これは、「メタ数学では完全も不完全も証明できない」という証明(のような=と、逃げておく、、、)だったと思う。それは、それとして(又、逃げる、、、)昨日の「非存在の証明」という話から、林先生を思い出した次第だ。こんな乱文が見つかると、しかられそうだが、林先生は優しいから大丈夫と思う。大学時代、研究は苦手だった私は、林先生からスキーやテニスを習った(笑)。就職せずに、もう少し大学にいたら、どうなっていただろうか。この年になれば、同じようなモノだったろうか。さて、「非存在の証明」で、もう一つ思い出すのが、日本で「国外に渡る有料職業紹介」の免許を申請した時だ、役所から、「アメリカで、これに関する法律が無い事を証明してくれ」と(いうような事)を言われた事だ。日本は許可の国だが、アメリカは基本的に自由なので、こういうことが時々起こる。「クロスボーダー」のビジネスでの、こういう椿事も、又楽しい思い出だ。写真は、ベランダに張った、今朝の雨に打たれるゴーヤのカーテン。

2008年5月13日火曜日

カテゴリーミステイク - より良く生きる

COBOL言語の開発者である、海軍軍人のグレース・ホッパー(女性)は、戦時中ハーヴァード大のコンピューター、マークⅡ(車ではない!)のリレーに「蛾」が止まって故障したことで、世界初の「バグ」を発見した。この「蛾」を貼り付けた1945/9/9の日記帳は、ワシントンのスミソニアン博物館に所蔵されている。さて、「大銀行のオンラインシステム統合で、不具合が発生した」と、鬼の首を取ったようなニュースが日本では出る。確かに、銀行オンラインは、もはや公器であり、社会的影響は大きい。だから、綿密な準備とテストはもちろん必要である。しかし、これも費用対効果の算術の世界でもある。ソフトウエアの信頼性テストでは、欠陥があることは証明できるが、欠陥の無い事は証明できない。システムの規模が大きくなればなるほど、欠陥は存在し、すべてを取り除く事はできないのだ。だから、それを前提に、物事を考える必要がある。完全な人間はいない、完全な真理は存在しない。これと同じ事だ。利用者もメディアも、そこを履き違えてはいけない。重箱の隅をつつく事はできるが、つつく必要があるかどうかは別の問題なのだ。

2008年5月12日月曜日

心身問題 - 自己との対話

連休中に痛めた「テニス肘」がまだ痛いが、治るのには時間がかかる。この部位は血管が細く、新陳代謝が遅いためらしい。気長にストレッチでもして治そうか。という事で、先週のテニスは休んだ。がしかし、季節はずれの氷雨の中、昨日は久々に石岡へゴルフに出かけた。案の定、客は少なく、前後を4時間で回れた。後半は小ぶりになり、ペースもパートナーも良く、おかげさまで、「自己ベスト」でのフィニッシュだった。昨年もそうだったが、春をすぎる頃から調子が出てくる。今は、ドライバーとスプーンが絶好調。脳との対話がうまくいっている。これでアプローチがよければ間違えなく30台で回れそうな勢いだ。ま、何処かが悪い事でバランスを取っている感じもある。こんな事を日夜考えているプロは、ホントに大変だろう。

2008年5月9日金曜日

新・平家物語 - 最終巻

2月中旬から移動中に読んでいた、吉川英治の「新・平家物語」がついに最終巻の第16巻となった。既に平家は壇ノ浦で滅び、あとは義経の最後を残すのみとなった。吉川の「完結のことば」は先に読んでしまったので、7年間の苦闘と感慨は周知だ。だから、この最終巻は、一枚、一枚を大事に読んでいる。保元・平治の乱に始まる、400年の平安時代末期の朝廷、源平三つ巴の混乱。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。」 ローマも、ヨーロッパも、中国も、歴史は皆似たり寄ったりかも知れない。「国を永遠に持続する事はできない。ただ、長持ちさせられるかどうかだ」と書いたのは塩野七生だが、「人」の人生も又同様。平家物語は、「人の死の形」の物語のように読めた。しかし、東北から九州まで日本全土を舞台にした展開は、迫力があった。

2008年5月7日水曜日

グリーン・カーテン - エコ生活?

去年は朝顔だったが、今年は「ゴーヤ」でベランダ緑化をすることに決定。早速「ネット」で、「ネット」と「苗」を注文すると、直ぐに届いた。便利なものだ。ところが、拙宅のベランダは、ゴーヤの重みに耐えるネットを張るというか、つるす屋根がない。コンクリートだからだ。昨年は、家の周りに自生する青竹を切り出して、上部に棒をわたして「枠」とした。台風の時に枠全体が倒れた他は、朝顔の蔓と花を支えるには十分だった。で、思案。3階屋上から、ロープで、鉄製の3mくらいのカーテンレールを吊った。今年の夏は、「ゴーヤ」料理でにぎわうか?ところで、GWも終ったが、初日のテニスで肘を痛めてしまい、しかたがないので、ランニングや買い物でお茶を濁した。(写真はパクリ。本物はおいおい)

2008年5月2日金曜日

毎日が、、、 - 天気はよし!

城山三郎が「毎日が日曜日」を書いたのは1976年。丁度自分は社会人2年目だった。さて今週、日本は全国的にGWのど真ん中。大ちゃんのように2週間休暇を取ってスリランカで瞑想のヒトもいれば、自分のように、カレンダー通りに、仕事と休みを重ねているヒトもいる。古代のローマ人や、日本だって江戸時代の奉公人なんかは、基本的に休みが無かった。たまに行く焼き鳥やの大将も、「休みなんかねーや」と言っていたが、最近はどうなんだろう。ユダヤ人が安息日として日曜を休んだのは、点呼のためだったという説があるが、真偽は知らない。ただ、ローマ人に嫌われたという事は知っている。宗教は「習慣」を強いる事で、邪宗との差別化を図るのだ。ところで、城山の書の主人公は、定年したわけでは無い。高度成長期、海外勤務から京都支店に左遷され、閑職や、それまで省みなかった家庭を苦悶するという商社マンだ。さて自分、このGW後半「毎日をどう生きるか?」。答えは簡単!ゴルフとテニス、、、そして家の掃除だ。

2008年5月1日木曜日

考えるワタシ - その果ては

「コギト・エルゴ・スム」と書いたデカルトは、「心身2元論」の親と言われる。しかし、その2000年前にソクラテスは既に、人間機械論的な会話を死を前に弟子としている。それはよいとして、近代以前の世界像では、自然とは霊的なものを含むアニミズム的世界だったが、ガリレオ等の探求で自然界は計測可能な科学の世界となり、心的・霊的なものは追いやられ、「心と物」の二つの世界となった。やがて、それは、「心」の世界まで入り込み、心までも科学の対象となり、今は「心の計算機理論」、つまり、身体も心も「機械」であり、「ココロは、あとづけの妄想・錯覚に過ぎない」と言われるにいたった。ニーチェはそこまで洞察したかは知らないが、「神は死に、真理はなく、あるのはニヒリズムだけだ」と悲観したし、フクヤマは「歴史は終った」とも書いた。ここまで考えてくると、世界、人生と言う物は、「ただそこに存在・継続する」というだけのもので、哲学などというものはない。ヒトの根底原理は、「動物的欲望と折り合い(約束事)」であり、それを少しだけ気をきかして言えば、「より良く生きる」と言うしかないのか。

2008年4月28日月曜日

Span of Recognition - NY vs. TKY

日本は、全国的にGWだが、そう書く自分はカレンダー通りだ。昔は軽井沢で過ごすという時期もあったのだが、人出も増えたし、休暇取得自由度も高まった今は、「何もこの時期に」という選択だ。と言う事で、土日は、テニスとゴルフでお茶を濁した。それはそうと、NYに住んでいた頃を思い出すと、なんだかもっと、街が身近に把握できていたが、東京に住むということは、どうも茫洋感がある。選択肢の多さなのか、都市の大きさなのか。という事で、調べてみると、まずマンハッタンは広さが約60K㎡で、人口が161万人。東京23区が、622K㎡で、866万人だ。東京が、広さで約10倍、人口で約5.4倍、だから人口密度は約半分だ。広さだけで見ると、マンハッタンは、丁度世田谷区くらいで、そこに倍の人間が住んでいる勘定だ。だからなのか、NYに住んで居た頃は、季節ごとのイベントとかの季節物が、肌で感じられて、身近な感じがしたのかも知れない。NYの方が人口密度は高いと言うのは、やや意外だが、東京は、住民と言うより、周辺からの流入人口が多いのだろう。

2008年4月25日金曜日

Apotosis - Nature and Nurture

「氏も育ちも(Nature and Nurture)」が現在の定説だが、生まれて直ぐの環境は、「人」の造りをかな左右する。昨晩TVをなにげに見ていたら、「顔識別ニューロン」なるものを題材に、人が顔を区別する仕組みを取り上げていた。大学の卒論で、多変量解析での「顔分析」を用いた自分としては、興味があった。そこでだ。人(大人)が顔を識別するには、生活周辺に存在する多数の顔から最大公約数的な「中心的顔」を形成し、そこからの「差」として捉えているという。これは、「言語は差異の体系だ」と言ったソシュールの論とも符合する。それよりだ。サルの顔を区別する事ができるのは幼児時期だけともあった。これも言語能力形成と同じで、乳児は言語能力を「すべて」持って生まれるが(これは「プラトンの問題」といつか書いた)、育て親の会話を聞く内に、必要音域などを聞き分けるニューロンだけが残り、残りは死滅する。これを「選択的死(アポトーシス)」と言う。乳児時期に多くの体験をさせることはできないだろうが、「人」に必要なのは、自分の活動の場をどの範囲で規定(意識)して、コミュニケーションとベンチマークのアンテナを活性化させておくという、モティベーションを維持する事だな。と、再認識した。

2008年4月24日木曜日

Cosmetic - Global competition

NYのセントラルパークも20年前に赴任したころは、荒れていた。殺人事件もあったりして、夜なんて歩けたものではなかった。それが、個人の寄付を募って、少しずつ手を入れて、今のような市民の憩いの場として再生?したのだ。NYRRC(NY Road Runner's Club)も、毎週レースを開催し、その出走費から公園の整備費をだしたと思う。私は直接の寄付もしたし、レースも毎週でていたので、かなり貢献したと思っている。さて、東京。時々通う青山墓地だが、最近整備が進んでいる。特に「外人墓地」あたりはとても綺麗になった。これは、税金でやっているのかも知れないが、街の外観整備は大事だ。秋には観光庁もできると聞いたが、東京マラソンではないが、世界の一流都市は、外国からどれだけの「人」をひきつけられるかが、結構大事だ。ビジネスの根っこは、欲望だったり、好き嫌いだったりで、、わずかな違いで、決まってしまうのものなのだ。

2008年4月23日水曜日

Spindoctor - 「私」の本性

久しぶりにスティーブン・ピンカーから引用。「私たちはみな、すべてを掌握しているという単一の『私』が存在すると感じる。しかしそれは、視野全体がくまなく細かいところまで見えているという印象と同じく、脳が懸命に作り出している錯覚である」。「意識のある心は、スピンドクター(情報操作のプロ)であって、総司令官ではないのだ。フロイトは、『人類は、科学の手による、素朴な自己愛に反する3つの非道な行為を耐えてこなくてはならなかった』と書いた。3つとは、私たちの世界が天球の中心ではなく、宇宙の小さな点にすぎないという発見、人間は、特別に創られたのではなく、単なる動物の子孫に過ぎないという発見、そして意識のある心は私たちの行動を支配しているのではなく、後付的な話をしているに過ぎない場合がよくあるという発見である」。私事、丁度1年間、毎週通った、高輪のテニスを昨晩で最終とした。しかし、ワーク、ゴルフ、テニス、マラソンと、すべてを掌握していると錯覚している「私」は、まだテニスは続ける。中川君の「スピン」に負けないように、、、

2008年4月22日火曜日

こんな場所に - サイコン

昨晩は、愛宕神社境内にある「菜根」へ行った。中村氏、荻原氏と3人だ。50年経っている、和風の古料理屋で、池田屋もどきの急階段など、風情があるというか、よくまあ、というか、不思議な空間だった。ご馳走になったので、なんなんだが、料理は美味しいが、高級感を期待してはいけない。でも、一度行くには値する店だ。桜の時は、いいらしい。さて、ちょいと早くついたので、愛宕神社境内を散歩した。小さいがなかなか面白い。看板に由緒が書いてあったが、井伊直弼を襲撃した水戸浪士集結地だったり、勝・西郷会談の地であったりしたらしい。正面は男坂(写真)と言って、86段の急勾配。裏を回る女坂もある。理由は知らないが、境内にはもう一軒、田崎信也?だったか、ソムリエ経営の和食レストラン(この日は休業)もあった。大ちゃん曰く、「桜がいいんだ。桜が」と言っていた。たしかにそうだろう。関係ないが、襖隣の席での会話が聞こえてた。「俺は2500億円持ってる。1%で調達して、2%で回るから、云々、、、」なんて、叔父さんが大声で話していた。どこかの商社とか、銀行の名前を繰り返し叫んでいたが、こちらに聞こえるように話していたのかな?世の中には怪しいやつが多い。気をつけよう。

2008年4月21日月曜日

すべての事は - メッセージ

構造主義で有名なフランスの「レヴィー・ストロース」は英語読みだと、(あの)「リーバイ・ストラウス」となり、ジーンズで有名だ。それはどうでもよいが、多分、日本社会の「構造」が大きく変わる。カオス理論でいう、「北京の蝶」のような話に聞こえるが、原油高騰が、代替燃料の開発を助長し、小麦が高騰する。小麦高騰が、小麦を原料とする製品の値段を押し上げ、更に代替製品の開発を助長する。そのサイクルの上位では、グローバルな食糧流通の「構造」自体が変化する。例えば、国内での減反政策や、石炭政策の見直しだ。今日聞いた話だが、20代30代の海外旅行者が激減しているらしい。ここ100年、と言わず50年での日本社会の「基礎構造」自体が変化を始めているが、日本では、「人」そのものは、(物だけ)豊かな構造に「安心・安住」を求め、変化を求めない状態になってしまっているようだ。「ゆとり教育」が、日本人の心の構造まで、骨抜きにしたのだろうか。いや、(少し古いが)それ以前の西の「3S」戦略の浸透で、骨を抜かれたのかもしれない。週末は「雨あがり」、新緑が綺麗だった。

2008年4月18日金曜日

Spring Storm - 映画と英語

春の嵐だ。昨日から一晩中降っていた大雨は、まだ降っている。NYでもたびたび、こんなSTORMがあったが、やんだ後の「こわれ傘の情景が似て居る」と以前書いた。関係ないが、Stormと書くと、「Ice Storm」、「Perfect Storm」など、映画の題名が浮かんでくる。更に、「映画」と書いたので、ついでに続けると。先週のNYトリップは弾丸ツアーだったので、時差の関係上、機内ではほぼ起きていて、「映画」をたくさん見た。「たくさん」とは、本数もだが、一本を複数回見たということだ。NY時代は一人暮らしでもあったので、良く映画を見たのだが、これは英語の勉強にもなった、日本では、字幕がでてしまうので、ついそちらも見てしまう。という事で、字幕有り(吹き替え)と、原作を両方見て、(恥を忍べば)「訳」を確認したと言う事だ。見たのは3本。「The Golden Compass」、「The Great Debate」、「The Firm」だ。「作品解説」は松島さんの分野だが、The Firmはともかく、初めの2本は、それぞれの「意味解釈」で面白かった。GPは「宗教、科学、哲学、人間」のフィクション。GDは「米国、社会、言葉」の実話。写真だが、今朝の我が家の車庫脇の、雨に打たれるりんご花。

2008年4月17日木曜日

心機一転 - あれもこれも

「ムーアの法則」を恨むべきか、PCもデジカメも気がついてみると、なにやら古臭くなった。街は、フレッシュマン、就活学生が目立つので、「よし、自分もリフレッシュ!」と、週末のあき時間は、店頭を物色だ。こうしてみると、この手のGadgetsは、機能・性能の進化したし、選択肢も増えた。容量・速度などは、結構行くところまで行っているようで、今回のサーチで気がついたのは、「デザイン」や「ライフスタイル」への訴求商品&差別化の時代になっている。PCは、Let'sNoteか、富士通Lookにしようかと思うが、これは軽量&デザイン&コストがポイント。デジカメは、やはり整合性でCannonになるか?話は変わるが、ゴルフ、テニス、ランなど運動系も、それになりにアイテムが違う。クラブやラケットも、日進月歩だし、消耗品でもある。加えてウエアも違う。ゴルフとテニスなんて、同じような物なんだが、ショップでは、それぞれコーナーが違って、デザイン、素材も微妙に違う。という事で、我が家の「自分コーナー」は、今やPCケーブル、電源、デジカメ部品、ゴルフ、テニス、ランニングの道具、シューズ、ウエアが散乱状態だ。その内、家族からクレームがでるだろう。

2008年4月16日水曜日

桜も散って - 早、4月も半ば

期末、期初はなにかと忙しい。と書くと、言い訳がましいが、納税など気が重い件もあり、「うつ、うつ」としていた。しかし、それも終って見ると、はや桜も散り、気持ちも落ち着いた? ところで、先週は、サッカー観戦のような、1泊3日の弾丸TRIPでNYへ行ったが、電車遅延で、予定の便に乗り遅れたりもした。最近、電車の事故・遅延が多いと思うのは、我のみか?JALだって、「このやろ!」だ。出発時刻の遅延なんて、日常茶飯事のくせに、たまに定刻に出れば、ぎりぎりに着いてものせてくれない。丁度4月から、長年続いた、ダイアモンドから、ランク落ちしたからか?なんて勘ぐるのも「くやしい」。夜便に変更できたが、おかげで、成田に8時間も居るはめになった。そう言えば、京都にも行った。仕事もあったが、桜も見たし、都をどりも見た。こうしてみると、「2週間」というのは、何と多くの事ができる「時間」だ。ゴルフも、テニスも、がんばったし、むろんだが、「仕事」もなにやら、がんばった。期初だからな。年度の出だしの段取りは、きちっとしないと、後で付けが回る。久しぶりに書いたら、無茶苦茶乱文だ。

2008年4月1日火曜日

New Challenge - see yah!

「掃除したてのサッシの窓に♪」と歌ったのは、キャンディーズですが、、、 今日から facebook へ引っ越します!
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------  と書いてから2週間たったが、facebook はブログではない。
------- ブログを3年半書いていたので、止めてみると、またなにやら気持ちが悪い。
------ ということで、「再開」とまでは行かないが、「引越し先」が見つかるまでは、しばらく「ここ」で、 on and off 、 「書いて」みようと思う。