NYでの単身生活が長かったせいか、一人での行動には違和感がない。出張ばかりの移動狩猟生活だった20年間は、だから友人と集ったり、誘い合ったりもできず、ただシューズを持ち歩いて、ランニングをしていた。俗に、ランニングは貧者のスポーツとも言う。帰国後は、ゴルフとテニスを定期的にするようになり、テニスは来月で、もう1年になる。どちらも、通常は一人での参加だが、特にゴルフは毎回パートナーは変わるのが、問題はない。いつも、今日のお相手は?から始まり、1-2ホールで腕を拝見しながら、進行する。同レベルの人とわかっている、月例会などは、ある意味そのプロセスが不要で、安心感があり、総じてスコアも良い。しかし、上でも下でもレベル差が大きいと、スコアが悪い。相手が何者かを確認することがあるか、ないかという、日米文化の差のようなものだ。ところで、昨日は祭日なので、3時間のテニスの特別レッスンを受けた。美女?に囲まれて、張り切りすぎ、今日は足が痛い。
2008年3月21日金曜日
ベンチマーク? - さすらいの貧者
NYでの単身生活が長かったせいか、一人での行動には違和感がない。出張ばかりの移動狩猟生活だった20年間は、だから友人と集ったり、誘い合ったりもできず、ただシューズを持ち歩いて、ランニングをしていた。俗に、ランニングは貧者のスポーツとも言う。帰国後は、ゴルフとテニスを定期的にするようになり、テニスは来月で、もう1年になる。どちらも、通常は一人での参加だが、特にゴルフは毎回パートナーは変わるのが、問題はない。いつも、今日のお相手は?から始まり、1-2ホールで腕を拝見しながら、進行する。同レベルの人とわかっている、月例会などは、ある意味そのプロセスが不要で、安心感があり、総じてスコアも良い。しかし、上でも下でもレベル差が大きいと、スコアが悪い。相手が何者かを確認することがあるか、ないかという、日米文化の差のようなものだ。ところで、昨日は祭日なので、3時間のテニスの特別レッスンを受けた。美女?に囲まれて、張り切りすぎ、今日は足が痛い。
2008年3月19日水曜日
Where are you? - Where we are going to?
今、自分が話している相手が、自分と同じ「世界」を持っていないという事は、言葉では判ると思うが、実感する事は少ない。日本に居ると、それが顕著だ。というような、大げさな話ではないが、今朝、クレジットカードの件で、フリーダイアルにかけて、(感じのよい)おばさんと話をした。用件だけの内容なら、特にどうと言う事は無かったのだが、「日本からかけているよ」と言うと、「おー、何度くらいなの?」と返してきた。「55度くらい(ここで華氏なのが憎いね)かな」と私。「寒いのね」と彼女。「?」。そこでだ、「あんた、何処にいるんだい?」となったわけだ。だって、NYは今朝みたら、やっぱ、東京と同じ55度だったからだ。答えは。「フォート・ローダデールよ」。なんてやつだ、フロリダじゃないか。悔しいね。ボカラトンというリゾートは、そこから近くて、ゴルフが最高なんだ。関係ないが、クレジット会社だって、金融機関だ。2日前、BSが2ドル/株で身売りしたそうだ。今、15年前の自分の手帳が目の前にあるが、ここには90年代初頭の不況の歴史がまとめてある。延べ4300万人がレイオフされた。あれだ。
2008年3月18日火曜日
Predestination - Head or Tail?
ポカポカの日曜日、久しぶりに映画を見に行った。NY時代の週末は、朝はセントラルパークを走り、午後からは映画を見るのが定番だった。帰国後は、それが無い。朝のランニングは、「そこに公園がない」のが理由で、午後の映画は、「そこに映画館がない」のが理由だ。なんと、「だらしない」と思われるだろうが、そういうものだ。映画について言えば、NY時代は、映画館の数も多くて、毎週新作が出る。観客の楽しみ方も違っていて、雰囲気自体が楽しかった。言い訳はこれくらいにして、日曜日。「ライラ」にしようかとも迷ったが、新聞で見ると、吹き替え版やら何やらで、どうも「お子チャマ向け」の感じがぷんぷんで、興ざめ。NYだったら、こんな事は感じないで見れたと思う。どうでもよいが、それでだ、「ノー・カントリー」を「見てしまった」。これは、怖い映画だ。音楽が無いのが、又怖い。コーエン兄弟の作品だが、12年前、「ファーゴ」を見たときの、気味悪さを思い出した。ファーゴは、今でも独特の記憶として、吹雪のシーンが脳にへばりついている。あれは音楽も不気味だった。邪推かもしれないが、ポスターは「ベトナム戦争」を想起するが、意味ありだな。
2008年3月17日月曜日
ベルーフ・イデー - 我は?
「天職」というのが、和訳だが、マーチンルターの言葉だ。福沢諭吉は、「天の上に人を作らず、天の下に、、、」と言ったが、これは、ルターの思想を基礎にできた(作ろうとしている)欧米社会の表層の事だ。「天職」とは、それまでの封建的階層社会の「である」構造でなく、「職・階層に貴賎はない」、あるのは「どの職でも、それを懸命にこなす」という「する」という意欲とダイナミズムにあると言うことだ。もっと言えば、世界や人生には「これが正しい」という「真理」や、誰が正しい、誰が偉いという事はないという事だ。日本は春めいてきたが、世界の通貨や物価も大きく変わりゆく。変わらない事が大事なのではなく、変わり行く事物の中に、「生きる」目的を探す。
2008年3月14日金曜日
北京で蝶が、、、 - NYでどうなる?
確か、そんなような話だったと記憶しているが、それが「NYでどうなるか」が思い出せない。そんな事はどうでもよいが、「言葉上」は「風が吹けば桶屋がもうかる」みたいな話だ。しかし、内容は高尚で、「複雑系理論」の中ででてくる、多分カオス理論の話だ。さて、今日の東京は「雨」。という事で、NYの天気を見てみると、やはり「雨」。気温まで15度前後で同じだ。春だから北半球は世界中どこも「春」の気候というわけでもあるまいが、何度も書くが、NYと東京の天気は似ている。そこで、複雑系を思い出したわけだが、残念ながら、この2都市の天気に因果関係はない。当たり前だ。さて、文脈も無茶苦茶だが、「複雑系理論」は、サンタッフェ研究所が発祥だったのだが、読書後、あまりに刺激を受けたので、当研究所を訪問してしまった。あれは何年前だったろうか。映画ジュラシックパークでの恐竜の動きに活用される前だったから、もう随分と昔だ。
2008年3月13日木曜日
超偏見? - ごめん!
最近は、アメリカなどの食事も美味しくなって来たが、その昔のメシは「おおいに」まずかった。ロンドンなんぞに行った時は、「どうしてこんなに」と思うほど、食べる物がなかった。キドニーパイなんてのがあるが、申し訳ないが、食えた物ではない。申し訳ないが、スイスも貧し?かった。なにせ、チーズとジャガイモしかないのだ。悪い!ちょっと言いすぎかもしれない。しかし、これには理由があった。宗教改革での有名人にカルバンという人がジュネーブに居た。徹底的にストイックな人で、夕食時に家庭を回り、贅沢を取り締まったそうだ。そこで、人々は「わざと食事を貧しくつくる」ようになったそうだ。これは本当だ。そうでもなければ、あれほどまずくはない。さて、その逆が中国&日本だ。つまり、「人の欲」のままに食事を作るとすると、美味しい物を少しつつ多様に食べるようになる。それが、満願全席だったり、宮廷料理だったり、懐石料理だったりするわけだ。これは、推論だ。そして、欧米だが、最近のグローバル化で発見した人の欲望が、「ホント」の美味しさを求めるようになったというわけだ。日本酒だって、ラーメンだって、20年前のNYでは「偽者」ばかりで不味かったが、今は「本物」が流入し、美味しくなった?
2008年3月12日水曜日
夢も希望も? - 欲望資本主義
「弱小停滞国日本」と言ってしまっては、あまりに可愛そうだが、首相が変わって以来、どうもそんな感じがする。グローバルに見てみれば、なおさらだ。ドルの一人安は、サブプライムも加わっての、投機資金の流れだろうが、サブプライムの損を海外にばら撒いた分だけ、アメリカは得をしているらしい。景気はしばらく悪化するだろうが、その後は復活すると聞いた。「10年はかかる」と言われた、90年代初めの後退からの復活を目撃した自分は、それに同意する。一方、中国がすごい。昨年見た上海もそうだが、流れとしては、40歳代の米国留学帰国組みを中心に、「欲望資本主義」まっしぐらだそうだ。今日聞いた話では、マカオがベガスを抜くほどだそうだ。「ひと財産かける」なんてのがかっこよいそうで、商売もギャンブルもと言う事らしい。良いも悪いも、人の欲望を基礎に、リスクを取って、「夢や希望」を追いかける。この成長ダイナミズムが大事なんだな。月並みだが。
2008年3月11日火曜日
気合だ、気合! - それでもNYへ
2008年3月10日月曜日
ミネルバの梟 - 進化の目撃
次男の26才の誕生日という事で、長男も入り3人で食事。自分のその年の頃の「思い出」を話していたが、行動・思考は、変わっているともいえるし、似ているとも言える。ただ、改めて認識したのは、「技術進歩」の歴史だ。自分が社会に出て、最初にしていた仕事が、システムプログラマーだったが、そこで目撃・体験したのが、日進月歩するコンピュータだった。入力で言えば、「ワイアード」から、紙テープ、パンチカード、磁気テープ、磁気ディスク、と、次か次へ新技術がでた。中でも、ディスプレイの出現は、驚きだった。IBM3270というどでかい機械で、シリアルの文字を白黒で表示するだけの物だった。初めから「フル画面での入出力」のPCや携帯で育った息子達は、このプロセスを一部しか目撃していない。自分が、経験したからどうだという事ではないのだが、数千年の歴史において、「社会の革新」、「学問の革新」、「技術の革新」という事が、重層的におこっていると、なんとなく思った。梟が飛翔する「夕焼けの空」は時空を越えて、何度も繰り返すのだろう。
2008年3月7日金曜日
おりあいの哲学 - 反アンチノミー?
イマヌエル・カントは、人智では成否の判断ができない、「二律背反」をアンチノミーと言い、神の領域へ押しやった。そこまで難しい話ではないのだが、20年の多文化共存の地平から私が学んだのは、「折り合いの哲学」だと言ってもよいだろう。「万民の万民との戦い」とホッブスは、人間の本性を語った。「1000人居れば、1000の真理がある」とニーチェは言った。直接聞いたわけではないが、本当だろう。封建的歴史の背景が残る欧州の「多文化」と比べて、アメリカの「多文化」は、「作ってきた(いる)」多文化だ。近年は、「文明と文化の衝突」なんてのが、アメリカのジレンマなんだが、いづれにしろ、「プロテスタント的な、自律した個人」が居て、相互に(お互いの)自由を認め合い、(共通の仕事・目標を)「折り合い」ながら社会活動を送るというのが、ベースだと理解するに至ったわけだ。日本は、ようやく「冬」の寒気を脱した。さて、次は「桜」が楽しみだ。
2008年3月6日木曜日
Brand-Driven Business - Scott M. Davis
2008年3月5日水曜日
我ここに立つ - 大げさか
宗教改革のルターの言葉だが、「魂の振るえ」ともいう、彼の信念と意思を表す言葉だ。そんな、「おおごと」ではないのだが、時々自分の「立ち位置」を考えるというか、実感する時がある。今朝は、早起きしたので、2日前に降った黄砂で汚れた車を洗った。昨日は街行く車が皆汚れていて、気になったからだ。さて、2001年の黄砂は2週間かけて五大湖まで飛んだという記録があるそうだが、マンハッタンまではさすがに届いていない。そのマンハッタンに暮らしていた時は、「東はイーストリバーで、その先は太平洋」「西は、NJがあって、その先は広大なアメリカ大陸」なんて、「立ち位置」を無意識で持っていた。だから、時々見上げるビルの谷間からの空を行く雲を、そういう視点で見ていた。戻って、黄砂。これは、遠く、タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠から来るそうだ。自分は、アジア大陸の東端に居るのだという事を実感する。どうでもいいか。
2008年3月4日火曜日
「橋と扉」 - ゲオルク・ジンメル
この人は、ベルリン生まれのユダヤ人社会学者(1858-1918)。さて、枕元において読んでいた本が一通り終わったので、昨晩は「近代思想家」一覧みたいな物を睡眠導入薬にした。色々といるのだが、久しぶりにマックス・ヴェーバーの「生の哲学」の流れをなぞった。目にとまたのが、ジンメル。確か「距離」なんてのがキーワードだったと記憶していたが、やはり、「縁辺(マージナル)」なものに注目していた人と書いてある。掲題は初期の作品だそうだが、「生きる自分」がいて、それを社会へとつなぐのが「橋」。自分の閉じこもる空間としての家。そこから外へと、自らを誘うのが「扉」、みたいな解説があった。最近の日本では「論理的思考が大事」などとよく言われる。もちろん、それは大事だが、論理の世界を追求した西欧でも、「生きる人」に注目し直した思想家達がいる事を忘れてはいけない。「あれ」も大事だが、「これ」も大事なんだ。
2008年3月3日月曜日
Educational Technonogy - 「やるき」を計る?
2008年2月29日金曜日
冬の終わりに - ふぐ
今年の日本の冬は寒かった。2/17のマラソンあたりが最後かとも思ったが、結局2月も最後までの寒波だった。という事で、胃にも穴が開いてしまったが、おかげで1ヶ月以上もアルコールを控える事になった。その間は、ビールも飲みたくないほど、具合もよくなかったが、今週帰国し、ドクターで結果を聞く頃には、調子も戻ってきた。そういえば、検査結果は「良性」で、癌も、ピロリ菌も居なかった。という事もあり、昨晩は「河豚」をご馳走になる事になった。「河豚」といえば、もちろん「ひれ酒」。なんともいえない香りは、なんと1年以上ぶりだ。さて、今週末は、気温も上がるし、久しぶりにゴルフだな!なんて、思っていたら、なんだか、週末に予定が入りそうな雲行きもある。
2008年2月28日木曜日
ホーム・グラウンド? - City Park
マラソンだ、出張だ、で、この週末のゴルフは3週間ぶりだ。ということで、今朝は6時に起きて、神宮の練習場に行った。ここ数ヶ月で、クラブセットを順次、入れ替え中だが、最近買ったU5の試しもしたかった。そろそろ暖かくもなるとの予報だが、今朝はまだ寒い。さて、神宮。いつもは、東の小さなSTOOLで打つのだが、この冬に改装していた、西のグランドにしてみた。ここは、神宮第2野球場なんだが、人工芝が綺麗に張りかえられていた。アイアンの調子がイマイチだったが、新兵器のU5は絶好調だ。これで、ウッドはすべて、スティッフに衣替えしたが、さて今シーズンは、どうなるか。そういえば、来月からはテニスも神宮へ入会する。ランニングも神宮近辺だし、NYで運動・読書の拠点にしていたセントラルパークの代わりは、「神宮外苑」という事になるのか。
2008年2月27日水曜日
波王の秋 - 倭寇
2008年2月26日火曜日
New York - ギャング・スターズ
2008年2月25日月曜日
帰国! - まだ、寒いな
LAX空港から出国するのは、何年ぶりだろうか。2年前だったか、LAでセミナーをやった後は、ハワイへ飛んだが、あれは国内だった。だから、ホントに久しぶりの、トム・ブラッドレ-・ターミナルだった。NYと比べると、LAはアジア系がとても多いのだが、空港の客層も、そのままだった。あちこちで、中国語、韓国語が飛び交っていた。更に、免税店だが、そういう国の人たちが、高級品を買い漁っていた。今回、LAでは色々と勉強できたのだが、そのアジアからの留学生の、「羽振りのよさ」、という話も印象に残った。高級車を乗り回し、優雅な生活らしい。日本の地盤低下とは思わないが、ジャパン・アズ・No1と言われた20年前は遠い昔だ。今回は1週間で、移動もあったので、やはり疲れた。
2008年2月24日日曜日
This land is - for you and me
Coast to coastの 旅をすると、改めてアメリカとい国の大きさを実感する。結局、9時に飛ぶはずだっ便はキャンセル、10時半の便は、2時間遅れて、雪の東海岸を離陸した。6時間かけてLAへ着いたが先に出たUA便の岩田君は、逆に1時間遅着したし、キャンセル待ちしていた、他の二人は更に1時間遅かった。しかし、やれやれ、長い一日だった。今夜の宿は、「サンタ・モニカ」のシェラトン。最近改装したらしく、ブティックホテ風で、小さなプールもおしゃれだ。さて、仕事は、トーランス、オレンジを訪問し、収穫が多かった。今週は、テニス、ゴルフも休んでしまったが、日曜のマラソンのせいか、体は軽い。時差であまり食欲がなく、食べてないからかもしれない。やー、疲れたが、何とか終わって、これからLAXへ向かう。成田到着は月曜日の夕方。火曜日の朝一はドクター、昼は、松島さんたちと、APBSのランチだ。(写真は、サンタモニカ海岸で岩田君と)やはり、こうして時々は海外で仕事をすると、生産的だ。2008年2月23日土曜日
Snow falling on wings - 飛ぶか?
朝7時発でNYからLAへ行く予定だったが、夜中に東京から起こされた。搭乗予定便がキャンセル?寝ぼけて寝てしまったが、5時に起きてびっくり、街は雪で真っ白だ(写真)。どうにか、タクシーでJFK空港へついたが、もちろん機体は、雪だらけ。ラウンジで待機だ。TVの予報を見れば、雲は去りつつあるようだが、外を見れば相変わらず、深深と降りしきっている。関係ないが、KUDO YUKIだったか、「杉?の木に降る雪」という映画を思い出した。日米開戦前後の在米日系人の悲哀の話だった。10時半発のチケットを持っているが、これでは何時間待つのかわからない。ま、今日中には飛べるだろう。
2008年2月22日金曜日
PIT - 大柄DNA?
NYから日帰りでピッツバーグ(PIT)へ行った。アート・インスティテュートという、専門学校を訪問だ。この街へ最後に来たのは、8年くらい前か、もっと前か、それは忘れた。確か、カーネギーメロン大学へ学生面接に来た時だと思う。多分誰かと一緒だった。あのころは、こうして各地の有名大学を巡回して、学生面接をしていた。懐かしい。さて、この街だが、昔は製鉄で栄えた、カーネギーは鉄鋼王だ。今は、変わってしまったが、学校が多いから、学園都市として再生したのか?この街は、空港からハイウエイを来て、壁のような山のトンネルを越えて、盆地へ入る。ここの人々はなんだか、背も高いし、大柄なんだ。今回会った人々も、やはり大柄だった。DNAか?
2008年2月21日木曜日
さみいな - ニュース色々
時差調整は、難しい。先月は機内でも、着いてからもよく寝れたが、今回は両方ともダメだった。ということで、あまり寝ずに夜明けとともに、オフィスにメールを見に来た。というのは、せっかく持ってきたPCが、ホテルでフックアップできなかったからだ。今日からはゲストのアテンドなので、帰国まではPCアクセスができないかもしれない。ということは、このブログもUPできないか?。さて、昨晩は火曜日なので、ウイスコンシンとハワイの選挙を見ていた。勝敗の結果、ヒラリーとオバマの演説をライブで聴けて、面白かった。やはり臨場感があるな。今朝は、「カストロ引退」や、「今晩スパイ衛星を撃墜する」、なんて物騒なニュースもやっている。面白いのは、東京の動物園での、シマウマ(?)捕獲の演習の映像を笑いながらやっていた。いろいろ書くが、今晩は「月食」だそうだ。NYは、とても寒い!これから空港へ出迎えだ。最後に、この写真だが、今朝乗ったサブウエイ車中で、携帯メールをする人達。こちらも、こんなになってきた。
2008年2月20日水曜日
JFK - 8度
先週は零下10度と言っていたが、今日到着してみると、あまり寒くないし、空が青く、昨日出かけた東京と、ほとんど同じ天気だ。今日はタクシーでもよいのだが、やはり足はAIRTRAINに向いてしまう。荷物が多いときは、そりゃ車は便利だが、渋滞などを考えると、電車が便利だ。Eトレインに乗り継いで、マンハッタンを目指すが、東京で癖になった、マスクに手が行く。しかしな、こちらはマスクしている人は稀だな。でも、東京のように、「グシャン」とやる人はいないから、いいかな。さて、今年からは、自分のオフィスはないのだが、少し残った荷物を、知り合いの会社においてある。明日から、ゲストが入ってくるが、その準備の合間に、これを片付ける事にする。どうしようかと考えていたが、結局、NJ日通の倉庫に保管することにした。法定書類は5年ー7年保管だ。
2008年2月19日火曜日
ようやく終るか - 寒い冬
2008年2月18日月曜日
感想 - 東京マラソン2008
2008年2月16日土曜日
「E34978」- 09:10 ~ ?
ビッグサイトに「ナンバー」をピックアップに行った。NYから申し込んだ、「外人枠」なので、応対は英語だったし、提示した「ID」は「グリーンカード」だ。となりに、同じような日本人のおじさんがいたが、彼も非居住者なんだろうか。さて、日本人以外は、61カ国、米国が601名、韓国が460名、英国が263名、ドイツが128名、フランスが113名だ。25000名が総数だが、割合的にはNYと比べてどうなんだろうか。NYマラソンは、15年ほど前から、人気が年々増して、今やNY市民の枠は、年に決まった数のレースに出ることが条件になったりしている。東京もこれから、もっと人気がでるだろうから、そのうち、都民枠、それ以外の日本人枠、外人枠などできるだろう。ビッグサイトには、スポーツブランド等のブースもでて、盛況。アドレナリンがあふれ出るようだ。ウエア、シューズ、小物も用意が終わり、後は出走を待つばかりだ。2008年2月15日金曜日
やけ太り - became fat after sick
治りかけているとはいえ、胃に傷がまだあるので、痛みはある。という事で、御酒はまだ(気持ちよく)飲む気にはなれない。完治には2ヶ月かかるという話もあるから、しばらくは我慢だ。しかし、こうなってみると、夕食時の「まず、ビール」も忘れたし、特に酒が無くても美味しく食べられる。ただ、一つ変わったのは、甘い物を多く食べるようになった。東京定住が始まった頃から、おやつにアイスなどを食べるようになったのだが、NY時代は、これがなかった。ケーキは不味いし、何でも量が多かったからか。日本では、コンビニでもなんでも、丁度よいサイズだし、和菓子も美味しい。昨晩は赤坂で「桜餅」を買ってかえり、夜食べた。それは、よいのだが、思うのは過剰包装だ。NYだと、包装というか、袋というか、最低限だった気がするが、日本はとにかく何重にもなっていて無駄な事きわまる。原油高で値上げだと、短絡する前に、こういうプラスチックを削減すべし。目の前には、今お気に入りの「ロッテのプチチョコパイ」がある。
2008年2月14日木曜日
案ずるより、、、 - ナイスショット
終っしまえば、なんということは無い。始めて「胃カメラ」検査を受けた。1/27夜に急な胃痛が起こり、医者に行ったわけだが、それ以来、「大ーー好きな」お酒も断って、ほほ3週間。薬の効果もあったのか、もう違和感はない。しかし、このままにしておくのも気持ちが悪いので、検査となった。「胃カメラ」。考えただけで、おぞましいかった。しかし、時代は便利になった。ネットで、経験者談などを調べて、イメージを持って望んだので、とても楽に、「事」を終えることができた。マラソンもそうだが、とにかく、経験者の情報がふんだんに手に入るのが、ネットの一つのメリットだ。検査の結果も直ぐに聞けた。口内炎ほどの傷が3箇所かり、快方に向かっているとの事。ピロリ菌などの検査結果は後日だが、とりあえず、少しならアルコールも解禁だと。しかし、今回、かなり長期にSober暮らしをして、なんだか体調も変わったみたいだ。蛇足だが、検査で大事なのは、「リラックス」との事前情報で、ずっと考えていたのは、ゴルフの「ナイスショット」だ。は、は、は。
2008年2月13日水曜日
100の理由 - でも、行くぞ!
15年前の初フルマラソン1週間前も、「やめる理由」を100くらい考えた。膝が痛い、腰が痛いは序の口で、悪夢まで見た。走りだしても、「いつやめようか」、「でたたけでもいいじゃないか」等、等、走り(歩き?)ながら考えていた。確かに、膝も、腰も、ボロボロに痛くなったし、それより、なにより、35キロ過ぎたあたりでは、体中のエネルギーが枯渇して、歩くことさえできなくなった。それでも、最後は「ここまで来たのだから」と、気力を振り絞って、ゴールを目指した。さて、セントラルパークに入り、ラスト2マイル位は結構UP&DOWNがあり、日も傾き寒くなり、止まってしまった。そこでだが、隣にいた、(多分)ドイツ人が、「You can do it」と、私の腕をつかんで走ってくれた。あれは、泣けたな。マジだ。ゴールして更に泣けたし、大げさかもしれないが、あれで「人生観」が変わった。やればできる。さて、今回はどうなるか。
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寒かったが、とりあえず計画通りで完走できた。疲れた。