2008年12月5日金曜日

Liquidation? - Recoup the cash!

先週銀座に行く機会があったが、なんだか閑古鳥がないていた。夏頃はアジアからの観光客が溢れていたのが、かなり減ったようだ。いよいよ人員カットも本格化し、景気はしばらくヤバそうだ。という事で、NYはどうかとNYタイムズを覗いてみると、あったあった、「高級デパートで、ブランド品の投げ売り」だ。バーグドルフやサックスなどのデパートが、先月のラグジュリー品売り上げの25%減を受けて、歴史初めての高級ブランドを50-70%値引きしだしたと言う事だ。一度下げたブランドイメージを回復できるかというコメント付だが、背に腹は変えられないと言う事か。クリスマスツリーも点灯したマンハッタンは1年で一番綺麗でにぎわう季節を迎えているが、今年はどうも大変だ。クリスマスが終ると、ツリーのゴミが路上に出され、飾りつけもなくなる。今度は一気に暗くなる。こうなると、1/20のオバマ就任まではこんな調子が続くのか。松島さん翻訳の「オバマ本」が朝日新聞社から1/19に発売だそうだ。

2008年12月4日木曜日

KK2 - キャリアリング

第3回は「自分にふさわしいキャリアの確立とは」。10年ほど前から、日本の自殺・うつが急増したが、同時に「キャリアへの悩み」が多くなった。それまでは、「言われた事を正しくやる」事が大事だった世界観が崩れたせいだ。考える事は大事だが、悩む必要はない。なぜなら、当然の問いだからだ。西欧の長い歴史でも、多くの思想が積み上げれれてきた。キャリアデザインの考えはいくつかある、大久保幸夫の「筏くだりと山登り」論。金井としお「節目とドリフト」論など。ここで私は、「キャリアイング」という考えを提示する。キャリアイングとは自分らしさを考えながら、よりよいを目指す行為そのもの。キャリアイングを実行する例として、トム・ピータースの「レジメイング」を紹介。四半期毎にレジメを書く事を自らに課し、キャリアを積み上げる行為。最後は、「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ!」。

2008年12月3日水曜日

KK2 - グローバル社会の中で生きる力

第2回は「グローバル化の中で生き抜くための力とは」。日本はその長い島国の歴史の中で、内に優しい集団型・閉鎖型社会を営んできた。一方、ギリシャに始まる西欧社会は、陸続きの中、多くの都市国家間の戦いの中で生き残り、ベンチマーク型開放系社会を形成してきた。山岸は「安心社会は信頼を破壊する」と延べ、日本人の特性を明らかにする。グローバル社会では、赤の他人を信頼できるかどうかで、損得が分かれる。つまり、他人を信頼できるかを測れる力と知性、そして、他人から信頼にたる人間だと思われるだけの知性と力の両者を持つことが個人レベルで必要であり、そのような自律した個人と機会のベストマッチングが、効率がよい、よりよい社会を作る。人生に目的はなく、ただ「よりよく生きる」という力だけがある。

2008年12月2日火曜日

KK2 - 日本社会とグローバル

「グローバル人材」という切り口で、4月頃から霞ヶ関ナレッジスクエア(Kasumigaseki Knowledge Squaer:KK2 http://www.kk2.ne.jp/)での研究会に参加しているが、近々収録をすることになり、その原稿を準備している。3部作なので、今日から3日間で、さわりをここにまとめてみる。タイトルは「グローバルな社会をどう生き抜くか」。対象は30代±のキャリアシーカー。1回目は、「日本におけるグローバル化の状況」。現在の世界をドライブしているのは、IT革命とグローバリゼーション。その世界は、人類史がたどり着いたアメリカ型自由資本主義。古代性が残る「たおやか」な日本も、96年の金融ビッグバン以降、グローバル社会の構造理解がないまま、従来型社会の構造を壊され、自殺者・うつ病が急増してきた。今、日本人は「自己を見つめ」「世界を理解」し、このグローバル社会の中での生きるすべを考える時だ。

2008年12月1日月曜日

イチョウも自分も - ころも替え

街のイチョウの木が黄色いが、東京はは紅葉宣言も年々遅くなって、今や「紅葉」は12月という事になって来た。NYにいた頃は、毎年大学訪問が始まる9月下旬がNew England の紅葉の始まりで、落ち葉の舞う中を一路レンタカーで北上したものだ。これも温暖化のせいだろうが、着るものもそうだろう。私だけが遅いのかもしれないが、少しずつセーターなどは出し始めてはいたが、ようやくこの週末で、スーツを入れ替えた。入れ替えたといっても、最近は夏にあまりスーツを着なくなったので、夏物は少なく、合いもの冬物の枚数が多い。昨年帰国した時に、スーツはかなり処分したが、そう言っても新しい物が5着出てきた。こうして、冬が3-4ヶ月という事になると、年間でスーツを着る機会が更に減ってくるのだろうか?亜熱帯化だと言う事か?ちなみにスーツは最近はZegnaがお気に入り。

2008年11月28日金曜日

意思薄弱 - というか、、、

前の会社にいた頃、アメリカ大使館の前を通って歩いて通勤した事もあって、イラク戦争の時だったか、大使館前の抗議デモを見ていて、新聞取材を受けて記事になった事もある。そのアメ大に今朝、グリーンカード返上の「意」を決して出かけた。結構な雨の中、8時半に到着すると、外門の前に長蛇の列。「あーあ」と思ったら、「市民、永住権はこちら」とある。そう言えば、空港だってそうなってる。という事で、スイーと窓口まで行けた。のはよいのだが、、、「GC返しに来ました」と言ったのだが、「何で?」ときた。「もしかして、ムンバイ事件でアメリカ人が狙われたからなんて思ってる?」と思ったりしたが、とにかく、「引越したいので、、、」と言った。すると、「1年入国しなければ自動失効するし、時々帰るなら、そのままでいいし、一度破棄すると、もう取れないよ」などと、しつこい。仕方がないので、「税金の申告は、、、」とボソッと言ったのだが、「INSとIRSは別だから、、、」などと意味不明の事を言われた。結局、「も少し、考えて出直します」と引き下がった。申告書は手に入れたし、どうやるかは分かったが、さてどうしようか、、、

2008年11月27日木曜日

サマーズの謙遜 - マドンナの貞操

オバマ政権のNEC長官にローレンス・サマーズがなりそうだ。クリントン政権の財務省時代にサマーズの話を間近で聞く機会があった。その後ハーヴァードの学長になったが、女性差別発言で辞任した。16歳でMITに入学した切れ者経済学者だが、手法は強引という評判だ。掲題は、「両者を同じくらい求められない」という揶揄だ。さて、サマーズは当時バリバリのリビジョニストで、対日強硬派だった。榊原とタッグで、当時の円高是正に手腕を振るった。こうなると、現在の円高をこのままで放置するわけがない。年があければ、円安へ向かい、日本の市場構造のいっそうの改革を求めてくるだろう。そういえば、慶応の安西塾長は、サマーズが学長時代に差しで、会談していたな。写真はテラスのポインセチア。

2008年11月26日水曜日

迷走する帝国 - と瞑想してみる

今年は和モノばかり読んでいたが、久しぶりに塩野七生の「ローマ人の物語(32-34巻)」を買って読み出した。出だしに、「皇帝の平均在位期間が極端に短くなった」と、ローマ帝国衰退の表象を書いている。むっ。何処かの国の首相も最近は1年毎に代わっていなかったか?一方、どっかの国は、グローバル金融危機をばら撒いた結果、大きなダメージを負ったが、大統領選挙は見事に「変革」のダイナミズムを具現化した。やはり、アメリカのダイナミズムは普遍的な力を持つと、改めて確信した。景気はまだまだ、なんやかやと大変だろうが、「変わろうとする力」は脈々と底流にある。ローマを読むと、つくづく、アメリカと言う国は、ローマの仕組みから学んでいるのだと思う事が多い。「永遠に続いた国はない」と塩野は書くが、「変わる」というダイナミズムそのものを、「新しい国の姿」と見ればどうだろうか?伊勢の遷宮とのアナロジーだ。写真は次男のエルミタージュ?

2008年11月25日火曜日

草莽の志 - グローバル

相良総三、赤報隊隊長は、倒幕の先鋒として中仙道を進軍中に「偽官軍」の汚名を着せられて、下諏訪で斬首された。下総相馬(現在の利根,つくば市あたり)の商家出身で民の決起を基礎にした新日本の建国を説いたが、結局薩長倒幕派藩のバックを持つ新政府軍に使い捨てにされた。グローバル世界は、ある意味、この「草莽」のエリートが自律した民を先導する世界だとも言える。日本国のありようはこのあたりでまがったか?さて、昨日は長男、次男とこの相良の下総を抜けた向こうの石岡でゴルフをした(写真)。両名ともまだ修行がいるが、2-3年では抜かれるかもしれない。さて、草莽。「国に在るを市井の臣といい、野に在るを草莽の臣という(孟子)」。「草莽崛起、荳に他人の力を仮らんや。恐れながら、天朝も幕府・吾藩も入らぬ、只だ六尺の微軀が入用(松蔭)」。

2008年11月21日金曜日

Local Trip - stranger in the sky

2年ぶりに国内線に乗って福岡を往復した。羽田でカウンターを間違えたり、JALの座席にファーストクラスができていたので驚いたり、すっかり stranger になっていた。それはそうと、座席は往復とも満席で、自分の事は棚に上げるが、何しに動いているのだろうか?若い頃は札幌にいたので、東京への往復を頻繁にしていたが、あたり前だが、国内ビジネスというのはそれなりに拡大しているのだろう。しかし、NYとボストン、ワシントン、シカゴなどの路線は、確かにビジネスパーソンもそれなりには乗っていたが、一般客(?)がそれなりに多くて、今日の福岡線のように、殆どがビジネスマン(らしき)という事はなかったと思う。日本はやはり、face to faceのビジネスが多いいのか?それとも、「飛ぶ」事が目的化しているのか?どうでもいいか。

2008年11月20日木曜日

人間にとって、、、 - 空間との距離

昨日も今日も晴れ上がり、秩父・丹沢山系がよく見える。こうして遠くが見えると、この日本を舞台にした多くの歴史が頭に浮かぶ。今年は夏の初めまで、「新平家物語」の長編を読んで、その後平将門、藤原住友、南北朝、間宮林蔵と、日本系をかなり読んだ。日本は京都が中心だったのだが、関東、東北も平安の昔からの往来もあり、今日のような関東を囲む山並みを見ていると、その昔の日本人の「距離感」「世界観」などを想像してしまう。東京周辺は今やコンクリートジャングルと化して、その底辺をはいつくばっている日常の個人は、オフィスに、家庭の箱に自分を閉じ込め、TVだゲームだと更に内向きの旅を続けている。明らかに文明は人間を退化させているように見える。

2008年11月19日水曜日

よくぞ日本に帰りけり -ただのオヤジ

昨晩の岐路、恵比寿の街をぶらりとしたら、ちょっとした横丁に居酒屋街を見つけた。「なんだろう」と入り込んでみたら、まるでアジアの屋台通りのように小さな店が軒を並べていた。うまそうな「鍋」屋があったので、つい座ってしまったが結果は正解。とてもうまかった、、、のはよいのだが、かなり飲んでしまう羽目になった。と言うのは、となりにいた川越から来たというペアと話が弾んでしまい、気がついたらもう5-6杯飲んでいた。「気をつけよう、暗い夜道と盛り上がり」。写真はオフィスから見た芝方面。

2008年11月18日火曜日

東京マラソン落選 - 転出決心

15年前の初マラソン、ラストの2マイル位は、寒いし辛いしで、「2度と走るまい」と思いながら走ったが、ゴールしてしまえば、それは感涙ものだった。今年の東京マラソンは、10年ぶりとは言え、「無理をせず完走」が目標だったので、さしての苦労もなくフィニッシュできた。という事で、来年もやってみるかと応募したのだが、見事落選した。走るとなると又大変だなと思っていたので、落ちてホットした思いもあるが、「落選」というのは、気持ちのよいものではない。アメリカの住所がまだあるので、アメリカから申し込んだのだが、意外にもダメだった。という事で、長年保持してきた永住権も、もはや必要もなくなったので、年末には住所を日本に移そうと決心する事ができた。大げさだが、ちょっぴりだけホント。

2008年11月17日月曜日

Midnight Fall Deam - 時差なし

結局「007/Quantum of Solace」を見たのだが、前夜、TVの批評を聞いていて、「今年最高!」と誰かが行っていた、「Slumdog Milliomaire」にしようかとも思った。後で調べて分かったのだが、実は「Slumdunk」と聞き間違えていて、バスケの映画かな?と勘違いをしていたが、インドのムンバイを舞台の英国映画で、スラム街の子供がTV番組クイズで、、、という物のようだ。池波正太郎説の「迷った時は大作」を守っている私は007にしたわけで、批評は松島ブログにお任せするとするが、私的には楽しめるが、アクションばかりだったという印象だった。中学生時代に場末館で3本立てでみた007シリーズは、ショーンコネリーと美女の絡み合い、軽快なアクション、そして、かっこいい音楽、という印象だったと記憶している。若かったせいか?写真は昨日ホテルを出たところの、3rdから42丁目を西にみた交差点。2泊4日が夢の中だったような今朝だ。

2008年11月16日日曜日

Leaving NYC - Foggy and Stormy

昨晩はちょうど封切りになった007を見てそそくさと寝たので、3時半に目が覚めた。今日は霧と雨で外へも出る気がしないし、TVも見あきたので、8時半にはホテルを出て空港へ来てしまった。いつものようにEトレインなのだが、ヒスパニックの若者の酔っ払いが8人くらいで大騒ぎしていた。ボトルでラッパ飲みするは、通路で暴れるは、果ては乗客にまでからむ。途中で降り客もいたが、次の電車がいつ来るかもわからないし、席を替わると絡まれそうだし、珍しく緊張した。そういえば、TVのニュースでHate Crimeで白人の若者7人が逮捕されたのをやっていて、その話をしたり、黒人の乗客をつかまえてオバマがどうのこうのと言っていた。黒人乗客はおとなしく逆らわないようにしていたが、今後はこういう場面が増えるのだろうか。写真はまたまたジュリアンのマッスルだが、これは日替わりなので、金曜日のスパイシーバージョン。もちろんリフィルはただ。

2008年11月15日土曜日

Side Walk? - No, Random Walk!

最近は街のあちこちにTVがあるが、こんなご時世なので、どこでも金融情報を映している。ある所のロビーで話をしていたのだが、そこでもマーケットに一喜一憂する人たちがいた。昔、あれはリーマンだったかモルガンだったか、NYでペレイラというLBOの創始者のような人に会う機会があった。彼がその時のマーケットを「Side Walk」と言ったのだが、今もちょうどそんな感じか。しかし、今の動きの幅はあの当時の10倍くらいはありそうだ。なにせ、一日で1000ドルとか1000円とか平気で動く。逆に言えば、「その範囲(BOX)で動く」ということもできる。週末のG20では意見が割れそうだと言っているから、月曜日の東京マーケットは大きく下げで始まり、7000円を切って反転し、夕方には大きく上げるだろう。ところが、そうは問屋がおろさない。マーケットはランダムなのだ。つまりギャンブルと一緒だ。

2008年11月14日金曜日

Song for USA - mode of my brain

「♪摩天楼、霧に煙って、、、」と歌ったのはチェッカーズだが、今朝のマンハッタンは濃霧だ。昨日は雨で寒かったが、今日の昼から明日にかけて気温が上がると天気予報。マーケットも昨日ホテルにチェックインした時、TVで見たのが8000ドルを切る場面。夕方SmithBarneyのKENと電話で話した時には、それが8600にも急上昇していた。天気もコロコロかわるが、マーケットもまさにRollercoster Rideだ。Kenは、「株価は実体と乖離して動いているから、静観だな」と言っていた。今朝の新聞には、「人々は底がどこかを待っている。だから、急落と急上昇を繰り返す」とある。ところで、昨晩は以前住んでいた近くのジュリアンにマッスルを食べに行ったが、毎日乗っていた駅の名前を忘れていた。と思ったら、今朝PCを開けて日本の銀行口座を開けようとして、毎日使っているのに、講座番号を失念していた。昨日到着後、英語で電話を掛けまくり、今朝は4時からTVニュースを見、新聞を読んでの英語漬けだったので、すっかり「こちらモード」になったのか。こうしてみると、やはり私の脳のモードは二つある。

2008年11月13日木曜日

Rain falls in Manhattan - Arive

前回来たのは8月だから、3か月ぶりだが、今日NYへ着いた。以前は12時発だった、JAL006便は今11時半発なので、NEX15号渋谷乗車では間に合わないので、東京駅から13号に乗った。その東京駅もひさしぶりで、大改造の最中のせいか、NEXの乗り場も迷ってしまった。世の中の移り変わりは早いものだ。ついでだが、JALの機体も今までの747ジャンボから777新機体に代わっていた。予告どおり12時間でJFK上空に達したが、ちょうどブッシュのエアフォースワンの着陸と重なり、上空で30分待機となった。雲が低くたちこめる中(写真)の着陸となったが、NYは雨だ。

2008年11月12日水曜日

社会の構造 - 自己責任?

ギリシャ神話では、神々から火を盗んで人間に与えてプロメテウスは、鎖でつながれた。私はそんなに悪いことをしていないが、2年前の納税申告の間違えで、IRSからラブレターをもらった。丁度明日からNYへ行くので、そこで対応する予定なのだが、そう物事が簡単に運ぶ国ではないので、事前の連絡にと昨晩は夜中にNYへと電話をし、今日は寝不足だ。日本に帰国し、このぬるま湯の中でしばらく暮らしていたが、突然としてNY時代の緊張感が走る。というのは大げさで、日本語でも面倒な内容を英語で対応せねばならないという事だ。しかも、相手はIRSだし、口座は占めてしまっているしで、途方にくれるが、多少なりとも追徴を減らしたいのは人情だ。別件もあって、山岸俊男の「信頼の構造」を読み返した。「グローバルな開放型社会の形成には、(相手が信頼できる人がどうかを判断できる)人々の社会的知性を高め、(自分が信頼に値するという)正直で公正な人間性を身につけ、他人の善良さを信じるゆとりを持つことだとある。ギリシャと日本、神話時代に共通性はあるが、その後の2000年の歴史は社会の構造を分けた。

2008年11月11日火曜日

記念切符 - 「ただ!」ではない

中学から大学まで、ずっと日吉に住んで、日吉の学校に通っていたので、就職するまで、定期と言う物を持ったことがなかった。だから、時折電車に乗るときは、当たり前だが「切符」を買った。もちろん自販機はないから、窓口だし、なにより切符がしっかりした紙だった。少年少女は、切手同様、切符を集めたものだ。ある時、「渋谷行き」を買おうとして間違え、日吉の窓口で「日吉一枚」と言ってしまった。すると、乗り出すほどの気合の入った声で、すかさず、「ただっ!」と帰ってきた。間違える人が結構居て、今度きたら言ってやろうとしていたのだろう。いい時代だった。慶応150年で、日吉-三田間の記念切符が発行された。ちょっと見づらいが、写真のホールダー右側に、日吉発、三田発のそれぞれ360円の2枚の「紙の切符」が挟まれている。使用可能だが、鋏を入れてくれるのだろうか?

2008年11月10日月曜日

慶応150年 - 行為の齢

男性の最長寿の泉重千代は1865年生まれで120歳まで生存した。人は大体そんな物しか生きられない。さて、慶応義塾は1858年に開塾し、この8日に150年を迎えた。天皇御行まであったし、世界中の大学長も参列したので、日吉は警護で大変だったようだ。よく9日は連合三田祭ついでに、理工学部の総会もあって、昨年、エンジニアから伊勢神宮の大宮司に転進したOBの鷹司氏の話が聞けた。20年毎に遷宮を行う伊勢神宮は2000年以上の歴史との説もあるが、世界遺産という観点では、古い物はない。すべてを20年で作り変えるので、最長でも20年の「物」しかない。つまり、「ハードは壊れるが、ソフトは壊れない」というような話であった。納得ではあるが、単なるソフトという概念ではないだろう。それは「仕組み」とか「意思」という「ちから(行為)」の領域であると私は思っている。金曜の夜は前夜祭的に、三田キャンパスで講演した土蜘蛛を薪能で見た。

2008年11月7日金曜日

顔グラフ - チャーノフ

昨晩はコンピテンシーの話をする機会があったので、久しぶりに大学時代の知識がフラッシュバックした。コンピテンシーはハーヴァード大のマクレランドが1970年に理論化した、「成功者の行動特性」だが、彼は同様に「Motivation」の研究もしている。70年のこの頃は、冷戦の真っ最中、アポロ計画もあって、アメリカが徹底的に科学的合理を求めた時代だ。マクレランドは国防省からの依頼で、この人間科学の研究をしたわけだ。そこで、自分だが、73年頃、卒論研究に、この「Motivation」を測定するという、無謀なテーマに挑んだ。結局、測定&定量化はできなかったのだが、データ解析に使ったのが、このチャーノフ博士の開発した「顔面法」だ。収集した個別データを部分の変化に置き換えて、それぞれ顔の絵にする。その絵を並べて、今度は人が見て分類するのだ。データ本来の次元特性を置き換えてしまい、 別の尺度(カテゴリー)で分類し、その結果から「意味」を見出す。ごまかしのように見えるが、そうでもない。

2008年11月6日木曜日

ブレッシュー - 自分で守るしか、、、

悪性鳥インフルが流行すれば、真っ先に死ぬと思っている自分としては深刻な問題だ。何回も書いているのだが、日本では電車・バス内で平気で「ヘっクション!」をされてしまう。アメリカでは、「霊気」が抜けてしまうというので、クシャミはかみ殺す。例の「God Bless You!」だ。あれはあれで、大変だとは思うが、周囲の迷惑は少ない。文化とは、DNA生存の条件付けという視点からすれば、日本は自然環境的には、クシャミで風邪菌をばら撒いても、中和されていあたのかもしれない。しかし、車中は閉鎖環境だから、現代では問題だ。暑い、暑い、夏ももう去ってしまい、今度は寒い、寒い、冬へと向かう、風邪に弱い自分としては、そろそろマスクが手放せなくなる。帰宅後のシャワーとうがいを最近は日課にし始めた。

2008年11月5日水曜日

Marriott at - Vanderbilt University

2000年の今日、MBAリクルーティングでNashville,TNのバンダービルト大学に行った。大学の向かい側にあるマリオットホテルに到着すると、何やら報道車両が物々しい。そう、そこはゴア大統領候補の選対本部だったのだ。ブッシュとの接線で、決着がつかず、投票の再集計となり、取材陣も騒然としていた。知らないで行ったわけだが、そういうわけで選対本部の撤収が遅れて、我々のチェックインは夜になった。ようやくチェックインしたが、ロビーや、会議室、バーなどは片付いておらず、本部や記者たちの喧騒がそのまま残っていた。あれから8年、9/11、イラク、バブル、崩壊のブッシュ時代が終った。The more perfect union

2008年11月4日火曜日

Many events in raw - in New York

日本で特に放送されるわけではないから、知らない人が殆どだが、一昨日の日曜日はNYマラソンだった。NYに住んでいた頃は、出走しない年はボランティアをしたりした事もあり、街をあげてのイベントだった。という事で、東京に移り住んでからの昨年、第一回の東京マラソンを見て、2回目の今年は、10年ぶりにフルマラソンを走ったわけだ。来年の抽選結果はそろそろ来るようだが、何と8倍近い倍率だそうだ。NYでは、人気が出だしてからは、抽選と言うより、市民は年間通じてのレースに出た回数などの、参加貢献度を加味した。ただの抽選もよいが、色々な抜け道もありそうだし、NY方式のような物を考えてもよいような気がする。ところで、今晩は大統領選挙。写真はある週の投票マシン。この機械の製作会社3社の内、一社の社長は共和党員で、この社の機械の一部の内部配線は、どちらに投票してもマケインになるという噂があると、土曜に参加したセミナーの演者が言っていた。

2008年10月31日金曜日

時間と自由 -アンリ・ベルクソン

先週聞いたピアノ演奏のように、音楽を聴くという意識は分割できない「ある意識の流れ」であり、フランスの大哲学者のベルクソンは、これを「純粋持続」と呼んだ。そして、それこそが「自由」の源泉そのものだと言ったのだが、そのあたりは難しい。さて、毎朝通る、永平寺別院の境内の中ほどに、時計柱があり、それで時間を確認する(写真本堂の右側に立つ)。今朝ふと思ったのが、このベルクソンの「時間と自由」だ。つまり、「寺」という人間の根源的、宗教的「自由」世界は、科学的な空間の分割的な「時間」という概念の対極にあるという、ベルクソン哲学からみると、非常に面白い対称ではないか。珍しく、多少二日酔いだったせいか、そんなつまらない事を考えた。

2008年10月30日木曜日

高貴ではない野蛮人 -  Season

シカゴに住んでいた頃、30分ほど車で行った街は「電飾」で有名だった。家々が、競い合うように、この季節になると屋根、庭をピカピカに飾り立てていた。今年も、ハロウインが来て、NYが一年で一番華やかだと思う季節がやってきた。写真は、多分自分が住んでいた、Upper Eastの近くのタウンハウスだ。住宅街では子供が、Trick or Treatでお菓子を集めにまわるが、自分が住みだした当初、念の為にキャンディーを買っておいたが、マンハッタンのアパートで一人暮らしのアジア系中年男性の部屋にはさすがに来なかった。昨日書いた毒物混入のような事件も、随分と前だがあって、確かあれもシカゴ郊外で、お菓子に針などを入れたバカがいた。あれ以来、お菓子集めも親同伴で、知人宅しか行かなくなったようだ。ルソーとホッブス、ホッブスの勝ちだな。

2008年10月29日水曜日

法律とソーセージ - 混入?

「法律とソーセージは作る課程を見てはいけない」と昔の人は言ったそうだが、冷凍食品、カップ麺への薬物混入が起こり始めた。特定企業への恨みか、愉快犯かはわからない。ということで、思い出すのが、1982年に起こった「タイレノール事件」だ。シアン化合物が混入され、シカゴで7人死亡した。J&Jの社をあげた、「消費者を守る」という迅速で、真摯な対応は、逆に市場から大きな評価を受けたと言う。私の机の上にある容器は、販売時は蓋が硬くラップされ、完全に管理されていた。ソーセージなど製造過程での混入は製造者責任だが、流通過程での混入を防ぐのは大変だ。今後は「物流安全工学」なんて学問ができるかもしれない。法律はどうだろう?

2008年10月28日火曜日

摩天楼 - NY、東京、上海

昨年の今頃は10数年ぶりに上海へ行き、その発展振りに、超びっくりしたものだ。あれから1年。オリンピックも終わり、中国がどうかなるかと思ったが、世界経済の方がおかしくなった。こうなると、ケインズではないが、社会主義経済のほうが、制御は利きやすいか?さて、オフィスから東京の街を見ていると、上海(写真)ではないが、高層ビルが結構増えた。4年前の10月13日に、このブログを書き始めた頃は、マンハッタンの摩天楼を眺めていた。あれは、密集した高層ビル群で、正にコンクリートジャングルなんだが、なにやら統制された人工美みたいなものがあった。時々ストームが来ると、摩天楼に稲妻がバリバリと走った。昨晩の東京の暗闇の雷を見て、そんな光景を思い出した。ところで、東京は空が広いな。

2008年10月27日月曜日

グラス・スティーガル法 - 津波

「グリーンスパンの頭の中」という一面特集がNYタイムズに出たのは90年代前半の不況を乗り切ったあたりだっただろうか。あの頃はブラック・ショールズという二人のノーべリストが先物取引会社で大もうけをして、それも特集されたが、確かその後崩壊したと思う。さて、グリーンスパンは、シクリカリストと言って、「現在起こる事は、すべて過去に起こった」というような、過去データ分析を基礎としていたと思う。その彼が、「100年に一度の津波」と逃げてしまえば、理論もなにもあったものではない。アメリカは合理の理論でまとめまければ、元々バラバラな国だ。1933の証券・銀行分離法以来の米国金融業界の歴史75年の変換点に来ているのだろう。

2008年10月24日金曜日

個体と遺伝子 - Franz Liszt と栗

15歳で家族を養う為にピアノ教師になり、「ピアノの魔術師」と言われたフランツ・リスト(1811-1886)は、メンデルスゾーンが書き上げたばかりの協奏曲を「初見」で弾いて、「人生の中で最高の演奏」と言わしめたそうだ。昨晩は、ピアノのコンサートだったのだが、このリストの作品を演奏する北村君(16歳)が特に素晴らしかった。リストは幼少から指を引っ張り伸ばして4オクターブ音階を得意としたとされているが、やはり天性の素質は間違えない。北村君もそうだろう。さて、リストと同じ時代を生きたダーウィン(1809-1882)なら、「リストという人物の個体の系譜」に注目したかもしれない。しかし、150年経った現在の利己的遺伝子理論では、「リストという人物の性質の系譜」に注目する。調べてみると、女狂いだったリストはある皇女と同棲、3人の子の内の一人の娘コジマがワーグナー、ビューローという二人の作曲者と重婚し、その息子のジークフリートは指揮者となった。この遺伝子は、激動の時代を生きのびている。写真は、寿司屋で出た「焼き栗」。大きかったが、こうして食われてしまえば、この遺伝子は生きのびる事ができない。