2007年9月14日金曜日

体調へんか? - ゴルフなのに、、、

昨晩は早めに引き上げて、酒もほどほどだったが、今朝になり風邪気味か?そういえば、夜が寒かったか、布団を何回かかけなおしていた気がする。地上に降りたペガサスは最近爆睡しているので、夢かそうかも定かでない。明日はゴルフだから、風邪なんぞひきたくもない。そこで、しばらくぶりに「バイオリズム」など見てみたら、要注意日は来週中ばで、明日のゴルフも、来週末のNY出張も問題がない。どうでもよいが、ふと思い出して、1月の転倒骨折の日も見てみた。ビンゴ!その日は、P(身体)線の下降要注意日だった。バイオリズムは大学時代に、これで研究単位を取った。P(身体)、S(感情)、I(知性)の3つのサインカーブ線で構成する体調曲線だ。水平線との交差日が「要注意日」で、昔の研究だが、国鉄運転手の事故日が、要注意日に集中しているというのがあった。あの西宮の事故はどうだっただろうか?四柱推命、星占い、最近は動物占いなどあるが、みな生年月日が元だ。天地人、天空星座と、地球の位置関係でヒトの運命が決まり、そこからPSIが決まったリズムで刻まれるダイナミズムだ。その上での、「考える」と「目指す」がヒトの差となるんだな、これが。

2007年9月13日木曜日

うつろう国日本 - 社会の本質

「美しい国」と言った時点で、違和感を持った人は多かったと思っていた。主語はなんだ。誰が「美しい」と判断し、表現しているのか。それとも、そもそもこの国自体が「美しい」と言うならば、どういう基準でいっているのか?そもそも、「美しい」という事はどういうことなのか。あるいは、彼自身が「美しい」と言っているのか。そして、百歩譲って、そうだとしても、だからどうなのだ。他の社会、国家もそれぞれ「美しい」とるれば、その競争を仕掛けているのか。だから、このフレーズには、最初から「いい加減さ」と、ある意味の「危うさ」が内在していた。社会とは、ダイナミズムであり、特にアメリカ社会は、変化する事、そのものを「アメリカ」というと、私は思っているし、静止しているように見える日本だって、「うつろう」文化にもあるように、常に(いいか悪いか別だが)変化している。だから、「いい国にしよう、美しさを(考え)求めよう」というような、行動目標ならば判る。しかし、単に「美しい」と形容しただけだったのが、「だからどうした」という、私のような天邪鬼からは、好かれていなかったのではないか。社会とは何か、国家とは何か、など考えてみる良い機会だ。最後は「テロが、テロが」と言っていたが、元々思想、言葉をいい加減に使っていたのだな、この人は。

2007年9月12日水曜日

近頃流行り? - 人か心か

株だ不動産だは、昨年帰国した頃がピークだったかもしれない。不動産は知らないが、この1ヶ月は株は下がるし、為替も動いて結構大変だ。サププライムはやはり大きく、どこかの外資は早くもリストラ話が浮上とやら。今年のインセンティブはどうなるか何ぞと、かまびすしい。今年は、人材ビジネスがバブルの賑わいだ(だった?)そうで、「若手経営者が何人かで派手に飲んで、最後にカードを机に出し合い、女性に引かせて、一人で300万払った」なんて話を数箇所で聞いた。中には知った奴も居たかもしれないと考えると、恥ずかしい?今朝聞いた話では、ちょっとした携帯コンテンツ商売が当たっていて、直ぐに何十億になるそうだが、どうか。そういえば、週末ゴルフの車中で、皆で「動物占い」を携帯でやりながら帰った。私はペガサスだそうで、「究極のボヘミアン」という所が、あたりのような気がした。コンテンツでも、占いが流行っているのか?更に思い出せば、先週の研究会のメンバーの先輩が定年で、大学学士入学し、「心理学」を専攻しているとの事。心理学はブームだそうだ。とにかく、日本社会は変わり行き、新たな「ヒト」と「ココロ」を模索中なんだろう。

2007年9月11日火曜日

夏の終わりに - 泥鰌鍋

恒例になった感があるが、浅草の飯田屋に昨晩は8名集合だ。まずは「まる」で、そのまんまだが、「今年のはちょっと小さかないか?」と数原が問う。そう言えば、昨年までは、まだ汗をかく頃だったから、8月だったろうか。という事で、「子」がないから、小さいそうだ。その分、匹数は多いのだろうか。そんな事はどうでもよい。酒は、「立山大吟醸」が美味である。サイドは、泥鰌から揚げ、泥鰌南蛮漬け、晒し鯨で、サイゴは、柳川を白ご飯にぶっ掛けて食す。「なんとかの生ぶどう酒」とあるので、試すが、これは外れ。お勧めではない。駒方泥鰌も有名だが、参加者全員、やはり「飯田屋」が美味い、で合意。数原、中川と10月のゴルフの約束をして、10時には帰宅。この会は少々飲みすぎるが、早くも8年目。始めは皆40代だったから、飲む量も多かったが、最近はそうでもない。関係ないが、京都では「出会いのなんとか」と言って、この時期、「夏の最後の『はも』」と「秋の始めの『松茸』」を食すそうだ。さすがに京都は粋だ。残念だが、こっちは、「泥鰌と鯨の出会い」とでもしておくか。