2008年10月31日金曜日

時間と自由 -アンリ・ベルクソン

先週聞いたピアノ演奏のように、音楽を聴くという意識は分割できない「ある意識の流れ」であり、フランスの大哲学者のベルクソンは、これを「純粋持続」と呼んだ。そして、それこそが「自由」の源泉そのものだと言ったのだが、そのあたりは難しい。さて、毎朝通る、永平寺別院の境内の中ほどに、時計柱があり、それで時間を確認する(写真本堂の右側に立つ)。今朝ふと思ったのが、このベルクソンの「時間と自由」だ。つまり、「寺」という人間の根源的、宗教的「自由」世界は、科学的な空間の分割的な「時間」という概念の対極にあるという、ベルクソン哲学からみると、非常に面白い対称ではないか。珍しく、多少二日酔いだったせいか、そんなつまらない事を考えた。

2008年10月30日木曜日

高貴ではない野蛮人 -  Season

シカゴに住んでいた頃、30分ほど車で行った街は「電飾」で有名だった。家々が、競い合うように、この季節になると屋根、庭をピカピカに飾り立てていた。今年も、ハロウインが来て、NYが一年で一番華やかだと思う季節がやってきた。写真は、多分自分が住んでいた、Upper Eastの近くのタウンハウスだ。住宅街では子供が、Trick or Treatでお菓子を集めにまわるが、自分が住みだした当初、念の為にキャンディーを買っておいたが、マンハッタンのアパートで一人暮らしのアジア系中年男性の部屋にはさすがに来なかった。昨日書いた毒物混入のような事件も、随分と前だがあって、確かあれもシカゴ郊外で、お菓子に針などを入れたバカがいた。あれ以来、お菓子集めも親同伴で、知人宅しか行かなくなったようだ。ルソーとホッブス、ホッブスの勝ちだな。

2008年10月29日水曜日

法律とソーセージ - 混入?

「法律とソーセージは作る課程を見てはいけない」と昔の人は言ったそうだが、冷凍食品、カップ麺への薬物混入が起こり始めた。特定企業への恨みか、愉快犯かはわからない。ということで、思い出すのが、1982年に起こった「タイレノール事件」だ。シアン化合物が混入され、シカゴで7人死亡した。J&Jの社をあげた、「消費者を守る」という迅速で、真摯な対応は、逆に市場から大きな評価を受けたと言う。私の机の上にある容器は、販売時は蓋が硬くラップされ、完全に管理されていた。ソーセージなど製造過程での混入は製造者責任だが、流通過程での混入を防ぐのは大変だ。今後は「物流安全工学」なんて学問ができるかもしれない。法律はどうだろう?

2008年10月28日火曜日

摩天楼 - NY、東京、上海

昨年の今頃は10数年ぶりに上海へ行き、その発展振りに、超びっくりしたものだ。あれから1年。オリンピックも終わり、中国がどうかなるかと思ったが、世界経済の方がおかしくなった。こうなると、ケインズではないが、社会主義経済のほうが、制御は利きやすいか?さて、オフィスから東京の街を見ていると、上海(写真)ではないが、高層ビルが結構増えた。4年前の10月13日に、このブログを書き始めた頃は、マンハッタンの摩天楼を眺めていた。あれは、密集した高層ビル群で、正にコンクリートジャングルなんだが、なにやら統制された人工美みたいなものがあった。時々ストームが来ると、摩天楼に稲妻がバリバリと走った。昨晩の東京の暗闇の雷を見て、そんな光景を思い出した。ところで、東京は空が広いな。

2008年10月27日月曜日

グラス・スティーガル法 - 津波

「グリーンスパンの頭の中」という一面特集がNYタイムズに出たのは90年代前半の不況を乗り切ったあたりだっただろうか。あの頃はブラック・ショールズという二人のノーべリストが先物取引会社で大もうけをして、それも特集されたが、確かその後崩壊したと思う。さて、グリーンスパンは、シクリカリストと言って、「現在起こる事は、すべて過去に起こった」というような、過去データ分析を基礎としていたと思う。その彼が、「100年に一度の津波」と逃げてしまえば、理論もなにもあったものではない。アメリカは合理の理論でまとめまければ、元々バラバラな国だ。1933の証券・銀行分離法以来の米国金融業界の歴史75年の変換点に来ているのだろう。