2010年6月9日水曜日

スマッシュ!

水曜日は毎週のテニス。今晩は珍しく、サーブもスマッシュも決まった。

2009年4月18日土曜日

Moved! - Sorry for this









多くの方から「やめたのか?」と言われてしまいました。

すみませんでしたが、上記サイトへ引っ越しております。
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2009年2月24日火曜日

まずいな - ここががんばりどころだな

今日からロンドンへ行くので成田エクスプレスに乗っているが、昨日からの風邪での熱が上がってきた。他の症状はないので、これから出てくるのか、熱だけですむのか、まだ分からない。3月も近付き、いろんな事が煮詰まってきている。4月の半ばころには見通しも定まってくるだろうが、今はトンネルのド真ん中と言ってよい。

2009年2月13日金曜日

再開に向けて - グローバルの地平

Naomiはもちろん、実に多くの方々に心配をいただき、申し訳なかったと思い始めている。昨日は、渡邊さんや竹内さんからも言われてしまい、やはり気分一新の転機を見つけて、どこかで再開しようかと思い出した。この「マンハッタン日記」は2004年10月13日、それまでGraybarビルにあった以前の会社をたたんで、パークアベニュー(その日の写真)を臨むレンタルオフィスに入った雨の日に書き始めたものだ。「これから一人でどうやって生きてゆくのか?」なんて事を、悲壮感はなかったが、不安と希望の入り混じった気持ちで考えていた。それから4年以上、色々な仕事をしてきた。多くの事があった。以前の会社の清算を最後まで2人で一緒にやったブルースが2005年に亡くなった。あれは衝撃的で、辛い事件だった。そして、昨年末ついに永住権を放棄した。今振り返れば、本編、遠望編、番外編と書いてきたが、やはり、心の視座は「マンハッタン」にあり続けたのだと思う。「アイデンティティー」とでも言うのだろうか。「マンハッタンのIBANO」ではもうない。とすると、自分のアイデンティティーを何処に置くのか?それが今考えているポイントだ。インドの哲学者ガダマーの言葉の「グローバルの地平」、そんなところだろうか?

2009年2月5日木曜日

一燈照隅 - 有識無類

4年間も書いてきたブログだが、題名もそぐわなくなってきたし、最近体調も芳しくないので、とりあえずしばらくお休みします。

2009年2月4日水曜日

Heaven and Hell - Destination Unkown

引き出しから出てきた10年前の手帳。パラパラとめくってみると、どこかのセミナーのメモがある。Gold Era, Gold Colour, New Econony, Exploding Bonusなどなど、威勢のよい単語が並ぶ。日本は銀行破綻などで苦しんでいた時、アメリカは空前の景気に沸いていた。新卒就業率が100%となり、給与レベルも急上昇で、思えばCEOの給与もあのあたりから歯止めがかからなくなった。このブログを始めた4年前でさえ、「ミリオネアの時代」なんて記事がでていたくらいだ。それがどうだ、CEOの給与制限が出される事態まで落ち込んだ。89-92年の不況時には、10年はかかると言われたが、93年にクリントンが大統領になって、IT産業を後押しし、95年にWindows95が出た頃からYahoo, Amazonnと世の中がにぎやかになっていった。ITバブルだ。ITが進化し、結果グローバル化が進み、金融が進化したのが行き過ぎた。これが今の状況だ。しばらくおとなしくしているしかない。

2009年2月3日火曜日

Winter in the City - 快の臨界

子供の頃は毎年とは言わないが、よく「大雪」が降ったが、最近は積もるほどではない。NYでは3年程前に大雪になり、このブログでも写真を載せた。今日はロンドンが雪らしいが、都会の雪は交通は混乱するが、やはりロマンチックというか、深深と降る様は絵にはなるし、なにせ子供でなくてもちょっと嬉しい。という事で、25年前に東京から札幌へ転勤したのだが、そんな嬉しさは最初の年だけだった。2年目からは、「お、もう雪だ。今年も雪かきが大変だ」となったものだ。なんでも、期待する気持ちと、程々の頻度が快の動力であるが、それが常態化すると嬉しくなくなる。言ったのは誰だか忘れたが、「XXXと結婚は、するまでが楽しい」。昔は結婚は一回だったが、最近は何回もする人がいる。ご苦労な事だ。

2009年2月2日月曜日

蓄積疲労 - 家も身体も

NYのアパートには最後の10年ほど住んでいたのだが、漏水事故が2回あった。2回とも場所はバスルームで一緒なのだが、1回目は上の階からの漏水、つまり天上から漏れてきて、こちらが被害にあった。そして2回目は、こちらが事故で、下の階の部屋に迷惑をかけた。日本ではマンションというが、こういうトラブルはあまり聞かないが、どうなっているのだろう。さて、昨年末に下水溝が詰まって、家の中に漏水した事故があったと書いたが、あれは大変だった。最終的な原因は、家周りに自生した竹の根っこが下水溝をふさいだためだったが、それで漏水した地下室の天井の修理の作業が土曜日にあった。保険でカバーされるのだが、天上の張替えなど結構大変な事だった。我が家もそろそろ20年、わが身同様、色々とメンテナンスが必要だ。

2009年1月30日金曜日

World Ecnomic Forum - Davos

もう9年も前の事だが、スイスのダボスで開かれていた、経済会議へえらいさんのお供で参加した。「お供」というのは参加資格ではないので、「通訳」というバッジをもらったと思う。ジュネーブから2-3時間車で行かねばならないようなリゾートで、元首のような要人はヘリで来ていた。山に近づくと、軍隊が機関銃を持って警備してたのを覚えている。翌年に、9/11が起きて、2002年の開催はダボスから急遽NYへ変わった。アストリアホテルが会場になって、周辺は閉鎖され、これも警備が厳重だった。世界のリーダーが集まるのだから、しっかり今後を話し合ってもらいたいものだ。世の中くらいから、ホントに頼むよ。さて、昨晩財布を受け取りに行った。やはりコンビニ内で落としたのではなく、そのコンビニの外で誰かが拾ってくれて届いたのだそうだ。中身は現金にいたるまで、なにもなくなっていなかった。日本はいい国だ。ありがとう、ローソン!

2009年1月29日木曜日

ご心配おかけしました - 思Migration

今朝電話があり財布が見つかった。近くのコンビニに落ちていたそうだ。そういえば、夕食の帰りにあそこに寄ったのか、記憶の隅にほのかにあったのかもしれないが、まったく失念していた。プリペイドカードや名刺が戻るのは嬉しいが、カードなどは全部再発効をかけてしまったので、何やら後味が悪い。まったく自分のドジが情けない。しかし、届けてくれた人の親切には真摯に感謝せねばならない。それに、心配していただいた方々にもお礼を申し上げる。さて、昨晩は久しぶりにテニスへ出かけたが、コーチが風邪で休んでいた。とにかく東京の生活は寒いな。ここ数日は少し暖かいが、まだまだ2月にもなっていない。昨年の夏は暑くて、北海道にでも移住したいと書いていたが、冬は沖縄にでも移住したいものだ。そういう老後もよいかもしれない。まだ先だが、、、

2009年1月28日水曜日

心身の変化 - 何か変か?

「痛いと言うから、痛いのだ」と言ったのは、かのヴィトゲンシュタイン。「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」とも言う。2日前から寝る前に「認知科学」の本を睡眠薬代わりに読んでいるのだが、これらは、「意識は後付けで、感覚器が先に反応する」という事を、科学の前に哲学が読み解いたという事か。それはよいが、ここ数ヶ月色々とあって、メンタルにじわじわ来る。というか、「じわじわ来ると思うから、じわじわ来るのだ」とも言える。体重も減り続けていて、今週はついに63キロ台だ。日本食がヘルシーなのか、通勤の運動量や、ゴルフやテニスが適度なのか分からない。一つ言えるのは、NYの一人暮らしの時は自宅アパートでよくハードリカーを飲んだ。それが帰国してからはなくなった。実は東京の家は、基本的に「ドライ・ハウス」なのだ。

2009年1月27日火曜日

Feel Blue - 早く春になれ!

昨年後半からはあまりよいことがない。何せ寒いし、面倒な事が起こったり、風邪をひいたり、モタモタしているうちに、ついに財布をなくした。カードは直ぐに止めたし、色々と再発行の手続きは一通り終ったのだが、現金や、プリペイドなどは戻らない。「もしや」と思い、今日も警察に電話をしてみたが、やはり届いていない。がっくりだ。とにかく、生活のペースがかなり変わったし、まだ引きずる物が多いか。どうでもよいが乱読は続く。北方の「黒龍の棺」(土方歳三)が面白かった。

2009年1月26日月曜日

最悪の日曜 - Heavily dipressed

「さあ、行くか!」と日曜6時前に起きだした。ゴルフの月例の日だ。多少寒むそうだが、晴れているし、体調もいい。と、「む?」、財布がない。「あれ?」、昨晩外食してコートのポケットに入れたよな。「ないな」。ドタバタと家中を探しまわるが見つからない。「もしかして」と、昨晩食事した近所に店まで道を辿る。やはりない。「もしかして」と、交番へ走る。本署へ問い合わせてくれたが、届いていない。既に7時近い。「しゃあないな」と、ゴルフ場へキャンセルの電話。めちゃくちゃに落ちこんだ。とぼとぼと帰宅し、クレジットカード、キャッシュカードの停止作業に午前中を費やす。免許証もだと思うとうんざりだ。恥のかきついでだが、NYでも2回くらい財布をなくしている。正確に言えば、盗まれている。対処は同じでカードを止めて、ライセンスの再発行をかける。日本では始めてだったが、アメリカでは、カードは一旦停止できて、見つかれば再開できるが、日本のカードは停止と再発効がセットなので、猶予なしだ。運転免許はアメリカでは確かネットで申し込むと郵送してくれた。日本は試験場へ行かねばならぬようだ。ドジ、ドジ、ドジ。

2009年1月23日金曜日

You are lucky! - We offer you a ,,,,,

と、ロンドンからNYへ帰ろうとしたチェックインカウンターで言われた。もう10数年前の事だ。なにやらフライトが乱れていて、予約していた便が満席との事、そこで「コンコルド乗せてあげる」との申し出だった。コンコルドは倍のスピードだからNYへ早く帰れるかと思ったが、そうはいかなくて遅い時間の離陸だったが、モノは試しと乗ってみた。機内は狭くて食事もままならないので、搭乗前に食事が出る。窓側は壁が湾曲しているから、多少窮屈だ。窓も小くて厚い。離陸がすごい。ケロシンンだろうか、戦闘機のような臭いと轟音でのスタート直後、ジャンボ機離陸の倍ほどの急角度と速度で、天空へ一直線。気がつくと成層圏へ出ていて、上空には星も見えた。2日間続いた東京の雨空も昼には晴れた。この空をコンコルドはもう飛ばないし、私ももうそんなには動かないだろう。

2009年1月22日木曜日

Jet Stream - Transition

朝のバス停で、雨雲が垂れ込めた空を見上げ、雲の上はさぞかし晴れているのだろうな、なんぞとつまらない事を考えた。20年間毎月2回以上は飛んでいたわけだから、事故こそなかったが、多くの状況はあった。着陸失敗もあったし、離陸と同時に機内に煙が立ち込めた事もある。しかし、交通事故より事故率は低いのだから、これだけ乗っても無事ではあった。それでも、雨や雪の時の離陸は揺るし、「暗雲」の中を上昇するから多少緊張する。しかし、その雲を突っ切ると突然揺れが止まり、「青空」と眼下の「白雲」のコントラストがまぶしい別世界が広がった。片道12-14時間のフライトで、睡眠は4-5時間だったから、時には仕事などもしたが、概ね読書、映画だっただろうか。暗い機内で、上空10,000mから地上に思いをさせながら、あれこれと考えたものだ。これからは、少し落ち着いて暮らす事になるのだろうか。どうでもよいが、まだ体調がイマイチだ。

2009年1月21日水曜日

Family SPA Mall - と訳すか?

ローマ時代のカラカラ浴場には図書館もあったというが、日本の銭湯も最近はすごい。週末のゴルフ合宿での宿泊は、ついてびっくり富士宮の銭湯だった。昨年だったか、誰かが「スーパーセント」「スーパーセント」と言っているので、いったい何が「数%」なのかと不思議に思っていた、その「スーパー銭湯」だ。銭湯と言っても、「スーパー」がつくだけあって、岩風呂、死海風呂、薬湯風呂やら山ほどあり、娯楽施設、レストランやら何でもござれだ。聞いてみれば、廃業したスーパーの再利用だと。ベッド一つの宿泊部屋もすごい。天上が開いているから隣の声も聞こえる。宴会やって寝るだけだから、清潔だし、問題はまったくなかった。イタリア人、北欧人、トルコ人?は風呂に入るが、開拓時代のアメリカ人、(昔の)フランス人や中国人は風呂にあまり入らなかったというが、なんでだろう。なんて考えてるうちに寝てしまったが、火山と関係あるのだろうか?

2009年1月20日火曜日

合理と情理 - Market is Efficient

25年前の話でも古くないと思うが、留学して初めて出合った多くの概念と言葉の中の一つに「efficient」がある。経済学、財務学だったかと思うが、市場の動き、株価形成の理論の前提として、「市場の透明性、効率性」を前提にしているという事だ。その事を基礎に、多くのノーべリストが複雑だが合理的な数式を編み出し、実用化されている。逆に言えば、efficeiencyの前提を持たなければ、それらの合理を使えないという事だ。「アメリカという国は、つくづく大胆な割り切りをするものだ」と思った。しかし、現実はヒトが動かしているのであり、インサイダー取引もある「情理」の世界だ。あの時、アメリカ社会、いや人間社会の2重構造を実感したのかも知れない。日本に帰国してみて、経済、組織、人間などを見るに着け、合理と情理の構造の混同を感じる。つまり、情理はヒトの基礎、合理は社会の基礎という2元論の整理ができていない。昨日から体調が良くない。

2009年1月19日月曜日

Nice Friends - Nice Fuji and Nice Fried noodle

富士山をバックに一緒の石原プロは大阪体育大学で博士課程を終了し、4月からは鳥取の私立高校の先生になるそうだ。プロアスリートのNext Careerは色々と大変だと思うが、素敵な先生になられるだろう。さて、その石原プロも参加した、「ナイスミドル」のゴルフ合宿・冬の陣に混ぜていただいた。アメリカからの帰国モードになってきたここ数年、大学時代のつながり、NY時代OBのつながりなどで、お声をかけていただく機会も増えて、嬉しい限り。ほぼ10年も続いているという、この「ナイスミドル」は、ナイスでナイ私も暖かく迎えてくれる、正にナイスなミドルのお集まり。こういう方々にこのブログを読まれるかもと思うと、気品の泉源、知徳の模範、内容にに気をつけなければならないか。どうでもよいが、今朝の朝食は、昨日土産に買ってきた、遠藤幹事お勧めの「マルモ食品の富士宮やきそば」。B級グルメ2年連続日本一だそうで、これはうまい!

2009年1月16日金曜日

講演会 - アメリカン倶楽部

本屋で時々見かけていたので、栗原さんからの誘いにのり、昨年彼が転職したフェニックスをいう英語研修の会社の主催での、「勝間和子」の講演会に昨晩でてみた。人となりも知らないので、出かける直前にググッて見ると、マッキンゼー、JPモルガンなど外資系出身のようだ。実際の話は1時間ほどで、少子化、長時間労働、ダイバーシティーなどの話だった。著書は多数のようだが、内容的には「まあ、そうだよね」という話だったと書いておく。というのは、「じゃ、どうすればいいのさ」に対して、時間を効率よく使う、ITを駆使する、家事を機械化するなんて話だったからだ。運動と睡眠が大事、なんていっていた割には、始まる前の準備中にあくびしていた。でも、話は面白くて、こちらは眠くはならなかった。いづれ政界へという意欲の臭いがした。

2009年1月15日木曜日

繰り返す日々 - Up & Down

結局、風邪は長引いて、昨日あたりで元に戻ったようだ。アルコールは飲めなかったし、食も細ったので、体重は2キロ以上減ってしまった。10年以上前だがマラソンをやっていた頃は61㌔前後だったのが、やめてから5-6㌔は増えていたろうか。それが、今朝は64㌔まで落ちていた。この2年程、ゴルフとテニスよくするようになったのもそんな事につながるかもしれない。さて、12日にゴルフ、昨日はテニスと、運動もできるようになり、そろそろ今年も本格的に動き出す。しかし、1月も既に半ば、おたおたしているうちに1月も終ってしまう。とにかく、年末年始と2年前のTAXでIRSと話をつけたと思ったら、今度は2008年の納税書類が届いた。私の新年は、税金処理で幕が開くが、そろそろ何とかしたいものだ。体重も減るし、財布も減る。マーケットも激動だが、夜明け前が一番暗い。

2009年1月9日金曜日

どうもよくわからん ー が、とりあえず、、、

給付金だ、雇用確保だと国会の議論も何だかよくわからない違和感がある。このブログでは政治向きの話は書かない事にしているが、日米間の違いという事では、多少触れるのは仕方がない。どうでもよいが、給付金。福祉か経済かどっちでもよいが、アメリカなら減税だ。それをどう使おうが後は個人の問題だ。「辞退」がどうのこうのなんて、バカらしくて話しにならない。さて、日本への転入届けを出しに何年ぶりだかで、区役所へ行った。昨年からのIRSの事もあり、どうも役所は苦手なのだが、到着してみて、おや?だ。フロアに案内の叔母さんも居て、カウンターに座ったお嬢さん?と一緒に、「いらっしゃいませ」と頭を下げられた。一瞬戸惑う。銀行に変わったのか(?)看板を見れば、やはり区役所だ。対応もよくて、届けもサクサクとできたのだが、さて、隣のカウンター。何だか変な叔母さんが、泣きそうに頼んでいる。どうもかなりに事情がありそうだが、本人確認のIDが一つもない。数年前にこの区に住んでいた事を証明して欲しいというのだが、「本人確認」できなければ「確認」できないと対応されている。最後はMGRらしき叔父さんが登場し、丁寧に対応していたが、アメリカならどうだろうか。と、考えてみると、やはり社会保障(SS)番号だ。今回のIRSだって、先月の銀行だって、SS#さえ言えばDBで検索ができて、後はDOB(誕生日)、直近住所、母親の旧姓(Mother's maiden name)と、本人しか知らない情報が口頭で確認できれば本人確認終了だった。ここ数年、会社法だ、個人情報だと、なんだか厳しくなっているのだが、こういう場面を目撃すると、守ればよいと言う事を優先し、社会活動を妨げているのではないだろうか。日本は、やはり社会主義的福祉国家になったようだ。叔母さんには可愛そうだが、(時間をかける)税金の無駄遣いともいえる。合理と規則を優先させると、鉄の檻の官僚国家になる。今日はチョイト長かった。

2009年1月8日木曜日

Form 1040X - 老体にはこたえる

長引く風邪の身に追い討ちをかけるように、IRSからマタマタお手紙が来た。2006年分の申告が間違っていると昨年11月に指摘され、ドタバタと11月に修正して日本から発送したのだが、どうもそれが届いていなかったらしい。配達確認返信付で出したのだが、その返信がなかなか来なかったので、心配はしていたのだが、やはりそうなってしまった。という事で、昨日からまたもやドタバタとFAXなどを出したり、再提出の準備をした。という事で、今朝一番(日本の朝9時頃)にジョージアにあるIRSへ電話してみたた。いくつかの音声ガイダンスを経て、ようやく「生」の係官に到達。女性だ。How can I help you, today? お、意外と感じがいい。Ok, how are you today? こちらも、出だしよし。で、うにゃうにゃと切実に話す。Wait a minutes. やはりだめか、、、 すると、Oh, this case is closed alreday. なに!?聞き間違えか?いや、間違えないそうだ。1/2付けの法外な課徴金の手紙をもらっていたが、1/3付けで解決(Close)したと言っていて、その手紙が1/12に出るそうだ。お騒がせな話だが、とりあえず安心した。

2009年1月7日水曜日

錯誤 - Thank you Naomi!

NYからNAOMIがメールをくれた。霞ヶ関のサイトで「お話」をしたビデオが昨年末からUPされたが、その中に間違えがあったとの指摘だ。ありがたい事だ。クリントン初め、アメリカ人には「ウイリアム」が多いのだは、言い訳にもならないが、サミュエル・ハンティントンをウイリアム・ハンティントンと言ってしまった。彼女は大学で、「ハンティントンVS.フクヤマ」などという勉強をしたそうだ。さすがにアメリカの大学はレベルが高いし、きちんと勉強をしている学生も偉い。などと書いて、自分の恥をごまかすのはよくない。さて、風邪はフルコースで、昨日夕方から鼻が止まらなくなり、その後咳が出だしてまだ治らない。やはり、忘年会で飲みすぎて、寒い中を大掃除し、年を越して気が抜ける、このパターンで何回も年初に寝込む。わかっていながら同じことを繰り返す。しかし、今年の年初第一週に何も予定を入れていなかったのは、この事態を予想していたのかもしれない。ただし、駿君との約束はごめんなさい。

2009年1月6日火曜日

根本原理 - 抹消の奴隷

熱力学の第一法則が「エネルギーの保存則」で、第二法則が「熱伝導の不可逆性」で、確かこれを「宇宙の根本原理」という。長男の熱は、一気に40度近くになり、2日間で下がったが、私の熱はじわじわと上がり、4日たっても回復しない。初めは喉がちくちくと痛くなり、今は鼻が出始めたから、最終局面には入っているだろう。「熱」が出るのは、ウイルスなどの細菌をやっつけるためだという話があるが、どうも自分の身体がそんな戦いをしているという感触はない。どうせなら、早くやっつけてもらいたいものだが、こういうものにはそれなりの手順があるのだろうと、あきらめるしかない。さて、第二法則は「エントロピー増大則」とも言われ、秩序解体が宇宙の流れだ。その中で、自己組織化現象での生命誕生は謎とされている。風邪の発熱くらいでグダグダ言ってはいけない。

2009年1月5日月曜日

書初め - にしては、、、

閏秒の1秒があったという話を聞いたが、基本的には「連続」している時間が過ぎて、新しい年となった。22日にNYから帰った後は、怒涛の如くの忘年会、大掃除と続き、大晦日には疲れ果てて10時前に寝てしまった。一晩明ければ、当たり前だが新年元旦。またもや、親族新年会が続き、今日の仕事始めを前にして週末の発熱のダウンとなった。毎年書くのだが、アメリカでも「カウントダウン」で年越しを祝うが、日本の年末年始は、祝うというより、何やら忙しい。アメリカではクリスマスが終れば、文字どうり「火が消えたように」祭りが終わり、粛々と31日まで働いて年を越し、2日は仕事を始める。さて、「不況で年が越せない」なんて話が年末に多かったが、年を越すとガラガラポンにでもなるのだろうか?つまらない事を言わないで、早く風邪を治そう。写真は「ふるかわ」のトロタク。(しょうゆをつけてもらう前に撮るべきだった)

2008年12月29日月曜日

I-407 executed at the American Embassy

学生ビザのF-1で渡米したのが1984年7月、その後永住権をとって暮らしていたが、本日晴れてGCを返却した。大統領令の金曜日休みのsubstitutionでの今日、混雑が予想されたので8時前に到着したが、どうやら8時前から入場開始しており、スムースに進行した。受付官の書類確認後、15分位で、VPの面接となり「むにゃ、むにゃ」と理由を説明、「Understood、No, problem. Please wait for few miniutes for the paper work.」となった。Form I-407(返還申請書)のコピーと、日本のパスポートに掲題のスタンプが押されてたものを返してもらった。アレクシ・ド・トクビルの言葉、I confess that in America I saw more than America. ところで、 金曜日夜は、松島さん、浅川さん、水野さんに加えて、小池さんも参加されて、記者クラブで忘年会。松島さん翻訳の「客観的に見たオバマの本」は就任式の1/20の朝日新聞社から発売予定だそうだ。

2008年12月26日金曜日

Executive Order - なんと!

GCの返却を最終決意した。という事で、前回の訪問で確認しておいた、大使館の最終日の今日、昨晩の深酒の苦しさを我慢し、早朝に出かけた。「あれ?」。8時半前に到着したのだが、人の列がない。警官が近づいてくる。「どこに行きます?」。「(当たり前だろ)大使館へ」。「休みですよ」。「え!?、だって、開いてるって言ってましたよ」。「あの人にで聞いてみて」。という事で、警備員らしき人が登場。「すみません、急な「大統領令」で休みになりました、代わりに29日に開けます」。という事で、またもやGC返却に失敗した。それはそうと、トムクランシーの小説の題名にもなった「Executive Order」だが、調べてみると、月に4-5本と結構たくさん出ている。第一号は1886年の「奴隷解放宣言」だそうだ。今回の命令は12/12に出ていたが、「政府機関は、クリスマス直後に当たるこの金曜日を休みにする」ということだった。どこかの国のトップは、石川遼に賞をあげることぐらいしか権限も威光もない。

2008年12月25日木曜日

お気に入り - なぜか体重は減る

NYに住んでいた頃は、よく和食を食べた。大体は外食だが、自炊もしていた。20年も居ると、Japanese Restaurants もかなり変わった。Sushi, Sukiyaki, Tempuraが昔は定番だったが、今から思えば、レベルはどうだったか。「本モノ」とな何か?見たいな話にはなってしまうが、最近では「和食を守る」なんて動きもあるようだ。日本のファミレスでは,写真入りのメニューが当たりまえだが、アメリカでは、あのNobuが始めたのではないかと思っている。まだMatsuhisaがビバリーヒルズにできたての頃、懐石料理を写真入の綺麗なメニューで見せていた。そこに多くのタレントが集まり、その中にデニーロが居て、NYにNOBUを出す。それはそうと、帰国してからは、日本で(本物?の)和食が美味しいから、NYへ行っても和食は食べない。今回もお気に入りのジュリアンとDocsのカウンターでシーフードとなみなみのPino。マッスルもワインも、なぜか、日本では1/4しか供されない。さて、日本で今のお気に入りは、西麻布の「寿司ふるかわ」http://www.furukawa-sushi.jp/ 今まで食べたすしで一番美味しい。来年あたり星がつくか?

2008年12月24日水曜日

それでも人は -又歩き出す

数年前まで、枯葉舞う80号線をレンタカーでダートマス大学まで走破するのが、大学訪問開始の恒例だった。一人で5時間以上突っ走るので、眠気覚ましに、息子が作ってくれたカセットに合わせて歌をがなった。其の定番の一つにGLAYのBelovedがあった。掲題の歌詞が好きだったからだ。今回のNYは短かったが、街の喧騒、メディアの報道、何人かとのお茶話や電話、そういうものだけだが、自分の「心身」での実感を持った。確かに暗いNewsはまだ多い。しかし、前へ向かおうという気概は感じた。帰国後の日本では、まだまだ暗いNewsばかりだ。人の存在は、前へ向かう事、其の中にある、という事を言ったのはハイデガー。さて、帰国後、自宅は漏水で大騒ぎ。配水管が何やらでつまり、家が水浸しになった。幸い駆けつけてくれた建築会社のプロが、一発で修理してくれたが、年末の椿事だった。昨日は笹本家と親子ゴルフに出かけたが、スコアはボロボロ。それでも自分は、又ゴルフに行く。

2008年12月22日月曜日

Last Trip - Good By America

到着前の機長のアナウンスによれば、15時間半も乗っていたらしい。確かに、搭乗したのはよいが、カーゴの遅れだとか、除雪だとか、離陸待ちだとかで、2時間以上も飛ばなかった。しかし、今日のは早朝便だから、どんなに遅れてても夕方には着くだろうと高をくくって、寝てしまった。ところで、風邪予防でマスクをするのだが、NYでは殆ど見かけないから、珍しく思われているだろうと思っていた。しかし、背に腹は変えあられないので、恥も外聞もない。成田到着は2時過ぎだったので、そのままオフィスへ向かったが、なんだか東京は暖かい。出る前にNYは摂氏で零下10度近かったと思う。最近は髪が薄くなったので、帽子は欠かせないが、NYの寒さは、「耳あて」も必要だ。こうして、今年のNY参りも幕を閉じる。今回は、「非居住者」への変更を諸事してきたので、これでほぼ帰国手続きは終わりに近い。これで、来年からは晴れて納税を日本へする事になる。さて、「定額給付」ももらえるか?しかし、アメリカに長くいたので、今後も10年間は、IRSへ書類を出す義務があるそうだ。写真はNYオフィスビルのエントランスの飾り。