2007年9月22日土曜日

何年ぶりかな - ニューポート

マンハッタンのホテル代が高騰しているのは何度も書いているが、今回も相当苦労して探し、結局ハドソン川を越えて、NJのハイアットを取った。結論は大正解。①今週は国連総会開催だったので、市内は軒並みほぼ倍(シェラトンクラスで4-500ドル)になっていた。②ハドソン川対岸に昔オフィスがあったので、アクセスのイメージがあった。③レートは200ドルちょいで、ハイアットリージェンシーのハイグレードだ。④川沿いで、素晴らしいマンハッタン眺望。⑤レストラン&バーも格安の地元レート⑥グランドゼロからPATHで渡るが、これが昔の駅そのまま。つまり、WTC地下にそのままあるので、工事現場の中に駅がある。ということで、9/11以前はWTCで乗り換えて、市内とNJオフィスを行き来していたが、9/11以前の爆破事件、9/11そのもの、そして、その頃の生活などが、一度によみがえり、トラウマチックな感動を覚えた。(写真は部屋の窓から川越しに見るミッドタウン)土曜の今朝は、5時に目がさめたので、すっかり整備され、ビルが立ち並ぶ川沿いの遊歩道を、昔のオフィスがあったニューポートまで、ジョギングした。朝霧煙るハドソン川を、超大型客船が丁度通りかかり、朝日が上り来る様は、正に夢の世界だった。気温は25度程度で、例年よりは暑いが好天。明日から「秋」と天気予報。体調もバイオリズムどおりに回復した。

2007年9月21日金曜日

NYへ! - 微熱?

やっとフライトが取れたのは昨日だったが、希望の夜便ではなく、昼便になった。昼便はNYで午後時間が取れるので、効率は良いが、老骨には苦しい。だから最近は夜便で飛んで、自然(笑)に寝て、到着も夜7時頃だから、時計が回る頃薬を飲んで寝れば、翌日の時差は問題ない。そういっても、今週末の便を取るのには苦労をした。やはり3連休だからかと思っていたら、NYの松崎さんによれば、駐在員の入れ替わりだそうだ。転勤の時期は、年末か、3月だと思っていたが、最近はちがうのだろうか?昨日LAに出張中のNAOMIと電話で話した時は、「涼しいからコートを」と言う事だった。しかし、NYタイムズを見ると、18-28度Cとあるから、東京とほぼ同じのようだ。東京の今朝は、写真ようにかすんでいて、気温は高い。しかし、やはり秋の気配はいっぱいだ。バイオリズムがあったたようで、ここ2-3日微熱で体調不良。今日のフライトは辛いだろうか?

2007年9月20日木曜日

3軸加速センサー - 届くか夢に

今日の日経WEBに「WiiとiPhone」の記事が出ている。静電気センサーとかで、操作性を高めているらしいが、どちらも「3軸加速度センサー」とやらを装備とある。簡単に言えば、ヒトの「三半規管」のような役目をするらしいが、考えてみれば、人間機械系でのかなり大きな進化だ。力をハンドル等で伝達する産業革命での力学道具系と、情報を視覚で表象、入力可能にした情報機会系から、聴覚などの運動系を感知する機械系が登場し始めたということか。視覚は静止系、聴覚は運動系、脳の処理分野は異なり、言葉はその連合するところに存在する。言葉そのものが、ヒトといわれるのもそれゆえだ。乱暴だが、これだけの進化が継続すれば、やはり「アンドロイド」は射程内にはいるか。鉄腕アトム時代に育ち、大学では人間工学を学んだ。要は、科学は「ヒト」を目指していると勝手に解釈した。原子炉心臓も夢ではないだろうから、後は「こころ」の問題だけが残るのか?

2007年9月19日水曜日

吉原手引草 - 京都から

京都祇園に川上という割烹がある。川上監督がなじみで、その名をとったとご主人の松井さんから聞いた。70歳は越えていると思うが、矍鑠としていて、料理はもちろん美味しいのだが、書画もうまい。それが、マックペイントでの、日本画ときていて、先日は画集まで送ってくれた。そのご主人のお嬢さんが、直木賞を取った。それが、掲題の本で、先週末に読んだ。推理小説仕立てなので、筋はお楽しみにするが、吉原の様子をうまく表現・説明している、まさに「手引書」だ。祇園育ちで、祇園の内情に詳しく、それも役にたっているそうだ。京都にはここ数年よく行くようになったので、改めてDVDで新撰組を見たり、北方謙三の足利幕府誕生の頃の「武王の門」「破軍の星」などを読んでいる。こうしてみると、京都は大変守りにくい場所であったようで、占領しても、兵糧を断たれたりして逃げ出す。そういえば、「京都人は日本一薄情か」なんて本もちょっと前に読んだ。お盆に買い込んだ本が、そろそろ底をついてきた。確か「ローマ人」の単行本がそろそろ出ているはずだ。

2007年9月18日火曜日

新人時代 - モーテル泊まり?

ゴルフはいつも厚木が多いし、両親もそちら方面なので東名をよく利用する。しかし、先日は常磐道を北上する機会があった。東名、中央、関越は下手をすると大渋滞になるのだが、こちらそうでもないようだ。だから、石岡という100キロ以上もあるところでも1時間もあれば十分だ。アメリカで大学訪問をしている頃は、よく車で何時間も走ったものだが、運転していて考える事は、どこでも同じだ。どうして、自然渋滞は起こるのか、とか。信号待ちの列は、青になっても、どうして、エイヤと一緒に走り出さないか、とかだ。しかし、日本でもETCもやっと普及したし、それより、高速道路は、ホントによく整備されたものだ。30年ほど前に、IBMへ入社した年の初仕事は、高速道路の通行券処理プログラムを書く手伝いだった。当時の東北道の基点は岩槻で、そこに処理センターがあり、新人3人で1週間ほどプログラミングした。私の担当は、「駐留軍処理」と言って、米軍が通行した分は、課金はしないのだが、通行権は発行し「道路修理費」という項目で、落とすというわけだ。通行券は、パンチカード(もうないな)で、それをそのままカードリーダーにのせるのだが、折り曲がったものなどあり、よく故障した。アプリケーションの勉強にもなったし、現場経験としては、よかった。なにより、ちかくに適当な宿がなく、男3人でモーテル(ネオン有り)に雑魚寝した。懐かしい。