2008年11月15日土曜日

Side Walk? - No, Random Walk!

最近は街のあちこちにTVがあるが、こんなご時世なので、どこでも金融情報を映している。ある所のロビーで話をしていたのだが、そこでもマーケットに一喜一憂する人たちがいた。昔、あれはリーマンだったかモルガンだったか、NYでペレイラというLBOの創始者のような人に会う機会があった。彼がその時のマーケットを「Side Walk」と言ったのだが、今もちょうどそんな感じか。しかし、今の動きの幅はあの当時の10倍くらいはありそうだ。なにせ、一日で1000ドルとか1000円とか平気で動く。逆に言えば、「その範囲(BOX)で動く」ということもできる。週末のG20では意見が割れそうだと言っているから、月曜日の東京マーケットは大きく下げで始まり、7000円を切って反転し、夕方には大きく上げるだろう。ところが、そうは問屋がおろさない。マーケットはランダムなのだ。つまりギャンブルと一緒だ。

2008年11月14日金曜日

Song for USA - mode of my brain

「♪摩天楼、霧に煙って、、、」と歌ったのはチェッカーズだが、今朝のマンハッタンは濃霧だ。昨日は雨で寒かったが、今日の昼から明日にかけて気温が上がると天気予報。マーケットも昨日ホテルにチェックインした時、TVで見たのが8000ドルを切る場面。夕方SmithBarneyのKENと電話で話した時には、それが8600にも急上昇していた。天気もコロコロかわるが、マーケットもまさにRollercoster Rideだ。Kenは、「株価は実体と乖離して動いているから、静観だな」と言っていた。今朝の新聞には、「人々は底がどこかを待っている。だから、急落と急上昇を繰り返す」とある。ところで、昨晩は以前住んでいた近くのジュリアンにマッスルを食べに行ったが、毎日乗っていた駅の名前を忘れていた。と思ったら、今朝PCを開けて日本の銀行口座を開けようとして、毎日使っているのに、講座番号を失念していた。昨日到着後、英語で電話を掛けまくり、今朝は4時からTVニュースを見、新聞を読んでの英語漬けだったので、すっかり「こちらモード」になったのか。こうしてみると、やはり私の脳のモードは二つある。

2008年11月13日木曜日

Rain falls in Manhattan - Arive

前回来たのは8月だから、3か月ぶりだが、今日NYへ着いた。以前は12時発だった、JAL006便は今11時半発なので、NEX15号渋谷乗車では間に合わないので、東京駅から13号に乗った。その東京駅もひさしぶりで、大改造の最中のせいか、NEXの乗り場も迷ってしまった。世の中の移り変わりは早いものだ。ついでだが、JALの機体も今までの747ジャンボから777新機体に代わっていた。予告どおり12時間でJFK上空に達したが、ちょうどブッシュのエアフォースワンの着陸と重なり、上空で30分待機となった。雲が低くたちこめる中(写真)の着陸となったが、NYは雨だ。

2008年11月12日水曜日

社会の構造 - 自己責任?

ギリシャ神話では、神々から火を盗んで人間に与えてプロメテウスは、鎖でつながれた。私はそんなに悪いことをしていないが、2年前の納税申告の間違えで、IRSからラブレターをもらった。丁度明日からNYへ行くので、そこで対応する予定なのだが、そう物事が簡単に運ぶ国ではないので、事前の連絡にと昨晩は夜中にNYへと電話をし、今日は寝不足だ。日本に帰国し、このぬるま湯の中でしばらく暮らしていたが、突然としてNY時代の緊張感が走る。というのは大げさで、日本語でも面倒な内容を英語で対応せねばならないという事だ。しかも、相手はIRSだし、口座は占めてしまっているしで、途方にくれるが、多少なりとも追徴を減らしたいのは人情だ。別件もあって、山岸俊男の「信頼の構造」を読み返した。「グローバルな開放型社会の形成には、(相手が信頼できる人がどうかを判断できる)人々の社会的知性を高め、(自分が信頼に値するという)正直で公正な人間性を身につけ、他人の善良さを信じるゆとりを持つことだとある。ギリシャと日本、神話時代に共通性はあるが、その後の2000年の歴史は社会の構造を分けた。

2008年11月11日火曜日

記念切符 - 「ただ!」ではない

中学から大学まで、ずっと日吉に住んで、日吉の学校に通っていたので、就職するまで、定期と言う物を持ったことがなかった。だから、時折電車に乗るときは、当たり前だが「切符」を買った。もちろん自販機はないから、窓口だし、なにより切符がしっかりした紙だった。少年少女は、切手同様、切符を集めたものだ。ある時、「渋谷行き」を買おうとして間違え、日吉の窓口で「日吉一枚」と言ってしまった。すると、乗り出すほどの気合の入った声で、すかさず、「ただっ!」と帰ってきた。間違える人が結構居て、今度きたら言ってやろうとしていたのだろう。いい時代だった。慶応150年で、日吉-三田間の記念切符が発行された。ちょっと見づらいが、写真のホールダー右側に、日吉発、三田発のそれぞれ360円の2枚の「紙の切符」が挟まれている。使用可能だが、鋏を入れてくれるのだろうか?

2008年11月10日月曜日

慶応150年 - 行為の齢

男性の最長寿の泉重千代は1865年生まれで120歳まで生存した。人は大体そんな物しか生きられない。さて、慶応義塾は1858年に開塾し、この8日に150年を迎えた。天皇御行まであったし、世界中の大学長も参列したので、日吉は警護で大変だったようだ。よく9日は連合三田祭ついでに、理工学部の総会もあって、昨年、エンジニアから伊勢神宮の大宮司に転進したOBの鷹司氏の話が聞けた。20年毎に遷宮を行う伊勢神宮は2000年以上の歴史との説もあるが、世界遺産という観点では、古い物はない。すべてを20年で作り変えるので、最長でも20年の「物」しかない。つまり、「ハードは壊れるが、ソフトは壊れない」というような話であった。納得ではあるが、単なるソフトという概念ではないだろう。それは「仕組み」とか「意思」という「ちから(行為)」の領域であると私は思っている。金曜の夜は前夜祭的に、三田キャンパスで講演した土蜘蛛を薪能で見た。