2008年1月10日木曜日

Lost in Transition - 力への意思

世界観。NY居住をやめて1年以上がたち、ライフスタイルはかなり変わった。思考はというと、やはり「視界」は変わってきたといわざるを得ない。読む本もそうか。自然と「日本」もの手が動く。昨日も日本通史を買い、飛鳥から鎌倉あたりまでなぞった。こうしてみると、日本はかなりの事物が、連続して残っている。歴史は勝者のもので、他世界では、ジェノサイドとか、焚書とか、偽装も多そうだ。それはそうと、とにかく「歴史」は著者の耳目・思想・世界観をとおして記されている事が多い。新聞記者などは、ストレートに事実を書く事が要求されると思うが、それでも「現象」を了解するのは、記者の脳だ。だから、自分サイドに、知識と教養、そして世界観が必要なのだ。「世界」はどういう場か。1.自分で認識・了解できる場。2.伝聞で了解できる場。3.物語として存在している場。ま、ダイタイこの3種類だ。日本に戻り、一番変わって来たのは、この「世界観態度」かもしれない。常に「移動(Move)し」、常に「外(Benchmark)から」、日本人として、「世界」を考えていた態度が、日々薄れてゆくのが、実感としてわかる。いかん。「何か」を取り戻さねばならん。

2008年1月9日水曜日

Mobility - 西洋思想の原点

子供時代。自転車を買ってもらって、行動範囲が飛躍的に拡大した事を覚えている。それまでの、学校、公園などの徒歩限界線を越えて、電車3-4駅まで拡大した。隣接学校区まで行けるようになり、他地区の人々の様子も見れた。「ああ、同じ子供だ」と思ったか、「ちょっと、違うな」と思ったかは記憶していない。しかし、人としての「ベンチマーク」はここらあたりから始まったと言える。さて、しばらくぶりに、長年かけて作成した、「世界思想史年表」を開いて見たのだが、「西欧哲学の始まり」は、正にこの「ベンチマーク」から起こった。つまり、都市国家間、諸国間の「往来増加」で多様な世界観が「認識」され、その原理、了解性の必要性がでてきてからだ。人の脳は開放系である限り、よりよく活動ができる。開放系とは、他者をペンチマークする事だ。だから、ベンチマークが人の思想原理であり、その基礎が移動性(Mobility)にあるのだと思う。しかし、他者に接触しても、その「他者性」を「了解」「共感」できなければ、ベンチマークにはならない。目と目だけでは、貴女と私は分かり合えないのだ。

2008年1月8日火曜日

No 研究 - Odds and Ends

仔細はしらないが、「これ以上の脳研究に反対する日本人がかなりたくさんいる」と、ある新聞にある。なんでだろうか。「脳無し」のなせるわざか。いや、これは「能無し」が正しい。ピンカーズも「進化心理学」を書くにあたり、かなりの「反対派」への配慮をしている。もっと言えば、デカルトだって、ガリレオ裁判を見て、書きかけの「大宇宙論(だったか?)」をしまいこんだらしい。アメリカみたいに、80%の国民が神を信じ、60%がキリスト教という国なら、進化論やら、心研究にチャチャを入れられるのは判るが、無宗教(という宗教)を標榜する日本人が、何を「根拠」に反対するのか。不思議だ。ここに、「不思議の国、ニッポン」の謎解きの鍵があるかもしれない。なんて、考えるが、別に暇だからというわけではない。多分、私的、身体的な古層を基礎に持つ日本人思想が、こういう身体性の解明に対し、「えも知れぬ不安感」を持つのではないか。あれだな、「祠の中をみたら石ころだった」ってやつだ。その石ころを投げたのは、竜馬だったか、諭吉だったか。忘れた。

2008年1月7日月曜日

The Audacity of Hope - 人の役に立つ人生

「バラク・オバマ」。ここまできたら、知りたくなったので、週末で読んだ。タイトルは、彼の通う教会の牧師の言葉で、「大胆不敵な希望」が訳。これを彼は、「アメリカの精神で最上のもの」と言う。「大胆さ」は、「分裂した国家に一体感を回復する努力」。「不適さ」は、「不遇な子供時代を受容し、自己の運命を切り開く運命的力と、その運命自体の責任を信じる」、とある。まるで、ハイデガーの「あるべき姿」だ。憲法学者、市民権法弁護士。アメリカ建国精神に立ち戻って、現在の「Great Divide」社会を「よりよい方向へ導こう」という志を述べている。どこかの国の「トップになりたい人達」が、時々出す「おかしな」本とは、内容の「格」が違う。「共感(エンパシー)という価値観」の重要性について、一章が割かれており、昨年聞いた星野氏の話とも符合する。「エンパシー」は、今年、自分のキーワードになるかもしれない。最後に、フランクリンの言葉を引用している。「あの男は財をなして死んだと言われるより、人の役にたつ人生を生きたと言われたい」と。

2008年1月4日金曜日

グローバルの地平 - 終わりか、初めか?

レイチェルと久しぶりに電話で話した。NYは零下10度。さて、年末年始は、日米での休み方が違う。NYが一番輝く、ホリデーシーズンが25日で終ると、彼らは休暇に入る。レイチェルとニックは今回は、シンガポールへ行ったそうだ。こちらは、28日まで仕事したが、年明けは逆。今日から稼動だが、NYは2日から動いている。要は、NYは「終わり」を祝って休み、新年は「淡々と」仕事を始めるが、日本は「始まり」を祝って休み、「晴れやかに?」仕事を始める。ローカルな文化の違いが、こういう差になるのだが、グローバルな世界では、こういう事実を押さえておかないと、危ない事もある。もちろんプロは対応していると思うが、年明けと共に、原油が100㌦をつけ、為替も大きく動いた。昨晩のTV番組の「ローマ」は、面白くは無かったのだが、カエサルの「寛容」(違いを許容する)に関しては、再認識できた。「ローカルな文化」と「グローバルな文明」の「折り合い」が、大事な課題だ。アイオアはどうなるか?

2008年1月2日水曜日

謹賀新年 - ブログ始め

年末の大掃除がたたって腰が痛いが、とりあえず、年が明けた。新春早々だが、哲学的に言えば、「今年はどんな年か?」と問うのでなく、「今年をどういう年にしたいか?」というところか。ゴルフのスコアも、もう少しよくしたいし、テニスもがんばりたい。身体系は、間違えなく衰えるので、楽しみながらメンテしよう。知能系も、記憶機関が弱るから、読書、思考努力なども更に必要だろう。移動系は、とりあえず、3月までは毎月NYへは飛ぶ事にしているが、その後は未定だ。購入系は、家、車などの買い替えの予定はないし、電気製品なども間に合っている。家族は、それぞれ納まっているので、ま、大丈夫か。ということで、自分的には、「充実し、満足できる年」にしよう。月並みか。

2007年12月28日金曜日

祇園精舎の鐘 - 諸行無常の響き

今年の読書を振り返ると、どうも「京都」がキーワードだった気がする。京都には、春夏秋冬4回行った。歴史の街だから、「その場」を目の前にすると、背景を知りたくなる。近くは幕末、遠くは、平安の昔まで。という事で、本屋ではそれらを自然に選んでいた。時折、中国や、ローマへ浮気をしたが、読みながらも、「その頃日本は?」なんて考えながら読んだようだ。そして、たどり着いたのが、「京都と海外を結ぶ本」だ。それで、北方謙三の「武王の門」など読み、尽くして、探していたのだが。見つけたのは「海国記」。「服部真澄」という作者は知らなかった。平安時代末期、宋との密貿易で財を成す「平家一族」の物語。延暦寺と興福寺が、「祇園(八坂)」を奪い合う事件も出てきて、面白い。宋との交易などを読むと、徳川鎖国の功罪をしみじみ考えてしまう。服部真澄だが、「国際情報小説の女王」とある。歴史物を期待しよう。

2007年12月27日木曜日

新エネルギー - New Horizon

イリノイ大学から一時帰国している3男と寿司だ。私のNY時代は、寿司は結構美味しいのがあったので、帰国すると食べたのが、蕎麦、鰻。しかし、彼の住むUrbanaには、寿司屋も無いそうだ。寿司どころか、日本人も殆どいない。彼の学科は「プラズマ&ニュークリア」だが、学部には外国人もいない。ちなみに彼も米国籍だ。NYに住んでいると、外国人がいるのが普通だが、中部はやはりアメリカ人ばかりだ。さて、「新エネルギー」の話をしてもらったのだが、なんだかすごい事になっているようだ。原油高から派生しているのだが、新エネルギーへの取り組みが日進月歩だ。バイオ燃料も全米の小麦畑のありようを激変させているし、彼の大学のそばに、「Coal Reactor」を新たに建設中との事。詳しくは判らないが、どうも水素を分離する「反応炉」みたいだ。水素は、エネルギー伝達の最高の媒体なんだが、製造が難しいのだそうだ。そういえば、ドバイに行っていた長男から聞いたが、ドバイが石油に依存する割合は、既に1割をきっているらしい。グローバルは、エネルギーの「新たな地平」を視野に入れている。

2007年12月26日水曜日

寒い - 棲家

NYで住んでいたアパートは、暖房でとても暖かかった。だから、冬でもTシャツ一枚で過ごしていたわけだ。ところが、日本の我が家は、「寒い」。基本的に暖房は、ガスストーブと炬燵。なので、部屋の中でもセーターがいる。昨年までは、2週間毎に往復していたので、この寒さもちょっと我慢すれば、暖かいNYの「我が部屋」へ戻れた。しかし、今は日々ここで暮らしているので、なんだか、体が「真」から冷えてきている感じがする。風呂はあるのだが、もともとシャワー派なので、家では風呂に入らない。なので、布団をかぶって寝ている時が、一番暖かい。さらに言えば、寝室は暖房がないので、部屋は寒い。冷え込む朝などは、吐く息が白い。帰国している3男も、寒いと言っているから、やはり我が家は特別寒いのだ。IBANOの語源は、ロシアのイワノフ。これはホントだ。写真は我が家。これはウソだ。

2007年12月25日火曜日

修行の谷間 - 根本中堂

今年は、「南北朝」あたりの話をかなり読んだので、年最後の旅行に、京都を選んだ。六波羅あたりは、もう何回も行っているので、今回は、比叡山と相国寺だ。日曜日、冬でロープウエイは止まっているので、車で東塔まで登る。30分。土曜日の大雨は上がっていたが、山腹に雲たなびき、京都市街と、琵琶湖が、九十九折の道の左右に見え隠れする。幻想的だ。信長の焼き討ちもあったが、最澄が天台宗を開いて1200年、点した灯は消えていない。「根本中堂」は、江戸時代の再建だが、本堂が一段下がった、独特な造りで、「修行の谷間」と言う。岐路は、琵琶湖側の坂本へケーブルカーで下りた。坂本は、日吉大社の門前町で、石積みで有名。司馬遼太郎が行きそこなった、「つるき屋」という蕎麦やで昼食を終えた頃には、晴れ間がのぞいた。宿泊したホテルは、なんだかアベック(死語か?)でいっぱい。そういえば、クリスマスだ。日本人は、宗教的には気楽なものだ。そういう自分も、夜はワインで洋食。「欧米か!」

2007年12月21日金曜日

共感マーケティング - 何と答える

朝8時からアカデミーヒルズで、星野朝子氏の講演を聞いた。星野氏は、ケロッグ88年なので2年後輩。丁度冬休み帰国中の3男も同行した。主題は、「ダイヴァーシティー」と掲題。前者では、Diversity Development Office, Diversity Steering Commitee など設置し、業績へ直結する取り組みが成功と理解した。掲題では、「Sympathy とEmpathy(共感)」の違い、「Empathyをどう高めるか」なんてのが、面白かった。要は、Sは身内に対して抱くもの、Eは他人に対して「抱こう」と努力する「スキル」と理解。「共感力」を高めるためには、①映画、本などの(自分から遠い)キャラクターになりきるシュミレーション ②自分をよく知る ③待つ態度の実践(「解」を提示しない) ④観察する態度 ⑤PDCA。 こう並べると、ロジャースのカウンセリング理論に立脚している事が想像できる。そして最後だが、「できません」と言われた時に、「何故?」と答えてはいけないのだそうだ。それでは、「できません」と言われた時には、何と答えるか? それは、「何が?」と答えるのが正解だそうだ。納得だ。

2007年12月20日木曜日

On Schedule? - On Demand?

組織が合理化、効率化を進め、そのまま放置すると、硬直的、官僚的になる。これをマックス・ヴェバーは「鉄の檻」と称した。開国以来の日本は、まさに「国家の興廃」をかけ、乾坤一擲、効率的な国家体制をとり、見事勝ち残ったが、ヴェーバーの予測どおりの、「鉄の檻」にはまった。官僚体質は、すべてがマニュアルで、「オン・スケジュール」である。学校の仕組みもそうだ。大学も4年間、とにかく在席せねば卒業できない。単位が取れれば卒業できる、アメリカの仕組みとはだいぶ違う。さて、関係ないようだが、昨年までは、NYからホリデーカード、東京から年賀状を出していたが、今年はNYにはもういない。そこで、ついでだが年賀状をやめようかを考えている。メールの時代でもあり、「ださないよ」という人も増えてきた。アメリカでは、ホールマークなどのカード屋さんが豊富で、冠婚葬祭、感謝感激、とにかく「オン・ディマンド」でカードを出す。「初対面の人には3日以内にカードを出せ」なんて言葉もあるくらいだ。とくると、年賀状をオン・スケジュールで出すなんてのは、官僚体質なのか、なんて「言い訳」を考えたりしてみている。

2007年12月19日水曜日

The Blank Slate - Steven Pinker

ミドルネームに「Steve」を持つ3男が、シカゴ空港、雪で足止め。その機内からメールが早朝に到着。だからというわけではないが、今朝からSteven Pinkerの掲題の本(和名:「人間の本性を考える」)の再読を始めた。今年は、水滸伝、三国志、太平記、ローマなどの歴史ものにはまっていたので、「人間科学」の知識ものは、少し休んでいた。そろそろ、年も改まるという事で、「新たな視点での思考整理をすべき時」と、私の「意識」が「要望」した。というのも、こういう「知識」ものは、自分の中の「動機」、「知識」や「課題」がないと、「目」で読めても、「頭」で読めない。もっと言えば、「理解」できても、「会得」ができない。だから、こちらが持つ、動機、課題次第で、会得する内容も厚みが違う。当たり前だ。朝のバスで数ページ読んだが、既に前回はできなかった、新たな理解(会得)が数箇所あった。人、本、映画など、おおくの源泉から「情報」を得ることは、レセプターを増やし、入力量を増殖させる。「人は芸術を食べて生きている」と言った人がいたし、「人の脳は解放系である事が必要で、情報の入出力を絶えずしないと閉鎖系になり腐る」と言った人もいた。ネット社会では、開放系と見えても、ループ閉鎖系になる場合があるので、気をつけなければならない。

2007年12月18日火曜日

Subpoena - 買えはしないが

サポンナではない。サブポエナでもない。「サッピーナ」と読む。この言葉を知る日本人は少ないだろう。更に書けば、これを「もらった」事のある日本人は、数えるほどしかいないだろう。もう15年以上前だが、私は米国下院公聴会への「サッピーナ(召喚状)」をもらった。今やJapanはPassingの時代を超えて、Vanishingかもしれないが、当時Japanは「飛ぶ鳥を落とす as a No1」で、Bashing の標的となっていた。そこで起こった、「米国内での米国人差別事件」の証人としての召喚だった。当初は、「冗談だろう」とたかをくくっていたのだが、弁護士から「拒否はJAILだよ」と脅されて、しかたなく出席した。トムラントス委員会。内容は省くが、「とても」貴重な経験をした。それよりも、「何でこんな事になるのよ?」という疑問の念が沸き起こり、そこから「我が人生」は、舵を切った。というより、元々興味があったテーマへ突き進んだと思う。つまりこうだ。「グローバルとは?」「日本とは?」「企業とは?」「仕事とは?」「社会とは?」「人生とは?」「人間とは?」という、「なぜなぜなぜ」の連鎖をたどったわけだ。「苦労は買ってでもしろ」。けだし名言だ。

2007年12月17日月曜日

OBかい? - 沈黙のかんぱい

朝8時から、大学時代のOB/3人で忘年テニス。昼間は、車にWAXをかけ、部屋を大掃除。そして5時から外人記者クラブで、カントリージャズを聴きながら、NY時代のOB/4人で忘年ワイン。充実した土曜日を過ごした。これは、松島さんを囲んだ楽しい会で、昨年の帰国以来、楽しみにしている。松島さんは、今年は映画500本という事で、日本で封切られる映画をほぼ制覇との事だ。NY時代からこのペースだとすると、何千本になるのだろうか?今年から始められた「365日映画コラム」も絶好調。毎日なんだから、脱帽ものだ。という事で、テニスと掃除での「筋肉疲労」、楽しい話で過ごした「酒食疲労」。この状態で日曜ゴルフに出かけたわけだ。運転手代わりに連行した次男は、私と大学は同窓、そして、この日のパートナーは、偶然大学が同窓。即席の大学OBゴルフ会となった。この大学は、同窓生が多いから、何処でもいるわけで、特段偶然という事は無い。例えば、私が新入社員時、ある先輩社員にエレベーターで、「同窓です、よろしく」と挨拶したら、「石を投げれば当たる」と冷たかった。それが縁なのか、30年たった今でも親しくしていただいている。それはそうと、ゴルフは「OB」多発で、今年最悪スコアとなった。「語れない事は、沈黙しなければならない」(ウトゲンシュタイン)。

2007年12月14日金曜日

世にも不思議な - しかし、、、

F先生。先月ボストンへ出張したおり、乗り換えのデトロイト空港、早朝のタラップで、別件・別便で移動中のM先生とバッタリ出会ったと言った。ご両名、そんなに多く海外へ行くわけではなく、しかも北米上空には常時4000機が飛んでいるわけで、その時間、その場所に出くわすというのは、偶然と言っても不思議な事だ。確立計算なんていう代物ではない。そう言えば、昨年だったか、自分も新宿で同じような「偶然?遭遇」を経験した。「不思議な偶然」という事かも知れないが、どう考えても、そこには「何かの必然」があると思われる。つまり、ヒトには意識にのぼらない、或いは、感知しても表象意識に残らない無意識の「MIND」があるという事だ。だから、種明かしをすれば、こういう遭遇も、何かの無意識情報に基づいて、行動時間と範囲が交差していると思われる。元々、「関係」がある人同士だから、こういうことが起こるので、「関係」がなければ、「偶然」もおこららない。あたりまえだ。「なじむ」「慣れる」というのは、無意識のレベルでの行為習得だが、帰国1年経ち、ようやく通勤路の信号の変わり具合などが、カラダのレベルで判るようになったし、ゴルフもテニスも少しは上達した。そんな事はどうでもよいが、今日は「財布」を家に忘れて来てしまった。

2007年12月13日木曜日

思い出ポロポロ - 負け惜しみ

小学校の同窓会案内が時々届く。足を運ぶ事はもうないのだが、時折電車で通り過ぎるので、概観の変遷はわかる。母校は卒業生14000名の内、70%の住所を把握していると書いてあるが、これはたいした事ではないだろうか。又、創立80年という事も知って、比較的新しい学校だったとも再認識した。というのは、子供達が通った現住所近くの学校は、今年が創立100年という。、調べてみると、「小学校制度」ができた1907年、その年に開校した事がわかる。「学校制度」は1886年なので、明治維新後だが、慶応大学などは、1858年創立だから、来年で150周年だ。記念切手発行も決まったという。懐かしいが、子供の頃記念切手収集が流行っていて、「慶応100年」なんてのは、定番中の定番だった。あれは1958年、私が小学校の時だった。あの頃は、「月に雁」とか、「見返り美人」なんてのが、高額で、ガラスケース越しに眺めた物だ。苦労して集めた切手帳も、札幌、シカゴ、NYと転々とするなか、どこかで無くしてしまった。それ以来、「物には固執しない」を心に決めて、昨年のNYからの転居の際も、「思い出」以外すべて捨ててきた。

2007年12月12日水曜日

ちょっと一服 - Change of Air

南北朝動乱前後の太平記あたりを、ここ1-2ヶ月読み続けたが、とりあえず読み終えた。これで買い置いていた時代物は机の上からなくなった。さてと、立ち寄った本屋で「内臓感覚」などという、変なタイトルに目がとまり、今日から読み出した。「脳腸関係」などと、面白い言葉が並ぶが、要はIBSという、ココロを腸の関係のようだ。20年間NYと往復をして、ダイジェスチョン関係は、大変な苦労をしてきたが、今は逆に、定住生活での食と消化関係に苦労をしている。だから、こいいうタイトルに目が反応するのは、ま、わかる気がする。「NHKブックス」は久しぶりで、2年程前はNHKブックスのはまり、ピンカースなどを、尽きるまで読み漁った。いつも書くが、こういうところは、「はまると、はまってしまう」性質のようだ。そして、はまると、全部読み終えないと気がすまない。全部読み終えると、次の「はまり」を探して「放浪」する。なんとも、わがままなものだ。

2007年12月11日火曜日

メディアの花嫁 - 次の地平

The Medium is the Massage というマーシャル・マクルーハンが1967年に書いた本が私の書庫にある。竹村健一の「マクルーハンの世界」は中学時代に読んだ。「服は肌の延長、車は足の延長、本は目の延長、、」。つまり、「人間拡張の理論」がここにある。最後に「中枢の延長は?」となるわけだが、ここでは「電気回路」となっている。初の汎用機である「IBMシステム360」が世に出たのが、1964年だが、彼もまだ情報通信技術がここまで進むとは想像できなかったかも知れない。しかし、明確に来るべき時代のIssueは捉えていた。マクルーハンはEdmonton というカナダの小都市で1911年に生まれ、私の生まれた1951年に「The Mechanical Bride(機械の花嫁)」を発表した。「産業社会のフォークロア」という副題が付いている。今週は大学で「デジタルメディア&コンテンツ」のシンポジウムに出席し、アメリカ、アジアをリアルタイムに結んでの議論を聞いている。今朝、スタンフォードのサフォー氏が話していたのは、今や「インフォメーション革命は終わり、メディア革命の時代に入った」、同じく「マスコミュニケーションの時代が終焉し、パーソナルコミュニケーションの時代に入った」とも言った。そこでは、マクルーハンの洞察は、そのまま新鮮だ。

2007年12月10日月曜日

考えるワタシ - それでも地球は、、、

これを書き出したのが、04年の10月だから、4回目の12月という事になる。そこで各年の12月を振り返ってみたのだが、ま、考えている事はダイタイ同じのようだ。世の中で起こっている事象はコクコク変化しているのだが、それを捉え、考えているのは、このワタシだから、急に大きくは変われない。世の中の動きも、「ツリー点灯」のように、恒例の物もあり、そういう事象を、その時の環境と絡み合って、ワタシが感じているのだ。ハイデガーは、「存在と時間」の中で、「本来のあり方とは、既に存在する(過去)を引き受け、自分の(使命)を自己に与え、将来へ自分を(登企:投げ出す)する」というような事を言っている。キュルケゴールが、「人間は関係の関係の関係だ」と言ったのを、時おり思い出して考える。過去、環境、時間、場所などの関係を考えながら、こういうメモを残しておくのも、「自分」を考える上では面白い。その意味で、ヒトの思考世界は、高度技術の進化により、大きなターンテーブルを回ったという事は、今はっきりと判る。ところで、土曜見舞いの両親は堅調。日曜ゴルフは復調ながら入賞逃す。ボルボは修理が終了。次男は携帯を買換え。長男は明日UAEから帰国だ。

2007年12月7日金曜日

Party Kids - Just a happy drinker

20年のNY滞在で、景気変動も多かった。年末になると、企業はそれなりに忘年会をするのだが、それをHoliday Partyと言ったり、Company Partyと言ったりした。しかし、現金なもので、景気のよい年は派手だが、悪い年は地味だった。90年代初頭の最悪期は、リストラの嵐だったから、開催すら無かったし、企業トップはプラーベートの外食も控えた。辞めた社員に襲われる事件が多発したからだ。そういう自分も、何度かパーティーを主催したので、あのUP/DOWNが、懐かしい。今や帰国し、パーティーにも「御呼ばれ」する立場となり、なんと嬉しいなものだ。当たり前だが、スピーチの心配も無く、作り笑顔も不要、お酒もとめどなく飲めるし、だらけ放題だ。NYの事に戻るが、ある年、幹部が「酒を出すかどうか」を聞いてきた。「ばか、あたりまえだろう」。しかし、こうだ、その年は色々と事件があった年で、酒を出して、帰りに社員がトラブルになると、「酒を出した会社の責任になる」と言うような事なのだ。結局、車通勤者には、タクシー代を出す事にして、納めたという記憶がある。今や、こういう心配は、される側になり、なんとも気軽な身分だ。

2007年12月6日木曜日

たかが携帯 - されど携帯

携帯を買い換えた。2年前にワンセグにつられて買い変えたが、テレビは2-3度しか見なかった。無駄だった。それだけではなく、音楽サービスなど、まったく使わないから、最近の携帯はPCのソフトのように、とにかくオーバースペックだ。人の脳だって、99.9%は冗長だから、もっとそうかもしれないが、携帯やPCは値段が値段だから、考えものだ。くだらないが、だから人の命に値段が付けられないと言うのか。どうでもよいが、携帯。今回は、明確な目的意識を持って、カシオのエクシリムにした。このブログ用に写真が欲しいわけで、デジカメも古くなり、それを買い換えるかどうか考えていた。結果、ブログ用が主であれば、高機能は不要なわけで、フラッシュを除けば、このカシオは5.1メガで、手振れ補正も付いている。この携帯いっちょで、電話、メール、カメラがすべて満足だ。こうしてみると、携帯も、用途で選別できる時代になってきたのか。ところでEモバイル端末は、デスクにのったまま、時々たまったメールを消す時だけアクセスしている。使い道が無い。

2007年12月5日水曜日

3度のメシ - ウラミシュラン

NYに住んでいた昨年までと生活がかなり変わったのだが、その中でも「食事」は大きく変わった気がする。まず朝だが、スタバのチョコレートドーナッツが好きだったし、デリでオープンサンドイッチをよく買った。「Ham and Egg on roll with Salt and Pepper, cut in half」と言うと、1-2ドルで暖かいロールが、紙に包んで手に入る。ハムもたっぷりで、大きいから、半分取っておいてランチに回す事もあった。その、ランチだが。朝がパンだから、どうしてもアジア系を選びがちだった。それが、帰国した今はどうか。朝は、家でご飯、味噌汁、納豆と純和風となり、ランチはランチでとにかく多くの選択肢の中から毎日選ぶのに苦労する。ちなみに、今日はうどん、昨日は和食、その前はパスタだった。蕎麦や鰻など、アメリカでは美味しいものは食べられない物は、NY時代は、日本に帰ると優先的に食べたのだが、今は別に何時でも食べられるから、渇望感は無い。夕食は、NYでは一人でビストロ・ジュリアンなどにもよく行ったが、今はそういう丁度いい店が見つからない。無いわけではないだろうが、おじさん一人でビストロで、ムール貝でワイン、といったシーンが東京ではイメージできない。一抹、さみしい。

2007年12月4日火曜日

煙縮競争? - 終わりの始まり

特にここで書くような話でもないが、最近身の回りでとみにエコの話題が多くなった気がする。やはり、ゴアの映画は後世から見れば、一つの大きな節目だったといわれるかも知れない。それなんだが、アメリカは無駄遣いが激しくて、もちろん京都議定書も無視して、ボカスカと環境破壊をしている悪い国なのだ。20年前にNYで仕事を始めた時に、深夜、早朝に高層ビルで電気がついているのを見て、「なんと働き者の多い街」と打電したが、後から聞いたら、電気を消さないで帰っているのだった。電気ガス水道は、レントにコミコミの場合があるので、使用量は気にしない。そこでだ、今朝のパリ会議のニュースの、「CO2削減交渉。先進国は、、、」という記事をチラ見して、思い出したのが、20世紀の「軍縮会議」だ。あの頃もこうして、国同士で、増減をやりあったのだろう。とすると、軍事力もCO2も文明化の産物であり、他国への迷惑という点では同じなんだ。上海郊外の、どでかい工場群から立ち上る煙りをみて、「ああ、この煙が、地球の自転で日本へ来るんだな」と実感もした。関係ないが、今お気に入りは、「しろくま君」というアイスクリームだ。

2007年12月3日月曜日

文明と文化 - 電気の場合

六本木ヒルズができてから、2年は足を踏み入れなたっかが、今は時々行く。ミッドタウンは今年できたばかりだが、昨晩早くも始めて食事に出かけた。ちょうどイルミネーションもやっていて、案の定多くの人でごった返していた。ツリー点灯といえば、毎年のロックフェラーセンターだが、それも今年からは見られないということで、どんどんとNYの生活観からとうざかって行くのは、やはり寂しいものがある。NYの飾りは、今年からLEDになったそうで、多少は環境、省エネに配慮を言っているが、まあ、ツリーを飾る事自体が、環境破壊そのものだろう。毎年、25日が終った後の街角には、ツリーの残骸が捨てられていて、「あーあ」と思っていた。日本では、そんな大きな生木を元々飾らないから、あんな無駄している事は、しらないかも知れない。話が飛ぶが、電気使用は、文明発展の指標のようになってしまい。先日の上海だって、昔は暗かったのが、今はギラギラだ。これもかなり前だが、インドに出張した時、宿泊したホテルはよく停電していた。今はどうだろうか。

2007年11月30日金曜日

やっぱ、教育かなー? - 民度

人間観察を趣味にしているわけではないが、どうしても街行くヒトを見て考える事が多い。自分の行動範囲も限られているし、偏っているのは承知だが、どうも最近の日本人(?)はアロガントに見える。勉強はそれなりにしているのだとは思うが、どうも孤立的で利己的な感じだ。若い女性を槍玉に上げるつもりは無いが、ファッション雑誌さながらの風体、化粧で、「何するヒト?」といつも思うし、道が狭いせいもあるのか、突然止まったり、ふさいだりして、戸惑う事もある。電車の乗り降りなども、昔と比べれば乱暴になってはいまいか。日本は極東の島国で、世界から見れば特殊環境だから、どうしても思考、欲望がウチへ向かうのは長年受け継いだDNAなんだが、グローバルとの接触や関係、比較をせざるを得ない今日では、「こりゃ、だいじょぶか?」と思うのは、私だけではないだろう。そりゃ、どこの国にも「バカ」はいるのだが、バカをバカとして捉える普通人が主流だろう。教養とは、知識であり、人間力である。人間力とは、自他それぞれを知り、その関係を考える事である。歴史に学び、人に学ぶ。何処の国でも、そういう普通の人が社会を支えると思う。逆に言えば、それが、近代社会の構図だろう。

2007年11月29日木曜日

抹消の奴隷 - ら、ら、ら、、、

次男が転職し、今週から無事?に仕事を始めた。長男は、なにやら国際コンペ準備で、毎日明け方まで仕事。という事で、イリノイの3男が冬休み帰国するまで、我が家は小康状態に入ったようだ。夏から秋までベランダで世話をしていた朝顔も、もう片付けて種を収穫、今はプランターに数種類の野菜を植えている。今朝は冷え込むというので、心配したが、問題はなかった。と、書くとどうもジジむさい。さて、春から空いていた寺の隣地になにやら建設が始まり、早朝からトンテンカンと音がする。それが無くても、6時には読経が始まり、ポクポク音で目が覚める。そこでだ。「目覚め」というのは、身体が先で、意識が後という事だ。ポクポクにしろ、トンテンカンにしろ、聴覚系が、まず捉えて身体を起こす。意識は、やわら後からついて来る。そこでの不思議は、昨晩の「自分」が、同一の自分として戻ってくることだ。同一地点で生活していれば、そんな事はあまり意識しないだろうが、20年間、ほぼ毎週移動していた、この「自分」は、大げさに言えば、毎朝「ここは何処?、私は誰?」なんて考えていたので、こんな変なココロを持つにいたったのかも知れない。そういえば、「私は誰?」となる様な、酒の過ごし方もめっきりしなくなったな。

2007年11月28日水曜日

テニスの効用 - 体とココロ

週一だが、テニスのレッスンを受け初めて半年がたった。始めの数回は、肘や腕が痛くて、サポータやら、鎮痛シップやらと対応したが、今はもうバリバリOKだ。やはり、コーチに言われた通りに、インナーマッスルを鍛えた効果がでたかもしれない。それよりだ。週一回なんだが、全身の筋肉を激しく使うから、ランニングや、ましてやゴルフなどと比べて、身体が軽くなり、もしかすると腹回りも楽になった。NYに居た時は、地下鉄やバスが便利だったので、あまり歩く事はなかったが、東京では通勤や、仕事で結構歩くようになった事にも原因があるかもしれないが。テニスはゴルフと違って、スコアなどの目標指向ではないので、練習のみの中に、楽しみを見出さねばならない。もちろん、友人とゲームをしたりする時には、練習の成果も出るだろうが、なにせ相手がいるスポーツだから、ゴルフとは違う。思考回路的に考えると、テニスは、練習では、相手と「うまくつなげる」事を気にするが、ゲームでは相手にを「うまく破る」事を目指す、ややこしいスポーツだ。その切り替えがうまくないと、練習で相手を困らせて、友人を無くすし、ゲームで相手を利して、自分がいやな思いをする。ゴルフはプレイに相手が居てもいいが、これは明確に「自分のメンタル」との戦いだ。どうでもいいか、そんな事は。(写真は蘇州の虎丘の斜塔と紅葉)

2007年11月27日火曜日

「食」の進化? - ホンモノはなんだ

上海の話は、今日で終わりにするが、上海2日目は蘇州へ行った。高速で一直線だが、街の出入りが渋滞するので、片道2時間というところだ。蘇州自体は、寺とか、庭とかの世界遺産があるのだが、見てみれば、日本のそれらとあまり変わらない。そりゃそうだ。日本のそれらが、大陸が起源だから同じなのは当然だ。それはそうと、上海蟹は江蘇省と安徽省の境に位置する水郷地帯で取れるそうで、その近くをバスで通った。ちょうど今が季節で、それを堪能した。しかし、最近は偽者もあるそうで、「本物」にはブランドを示すタグが付いている。日本でも、関鯵なんかにもタグをつけているから、それを模したのか。以前にも食べた事があるが、今回は比べものにならないほど、美味かった。季節だからなんだが、子もいっぱいあって、身も美味い。昔食べたのははもっとチープで、「上海かには食べる所は少なくて、足をしゃぶる位だ」なんて言われたように記憶していたが、こりゃ騙されたか。しかし、日本でも昔は、「子持ちこぶ」とか、薄かったものが、今や子がびっしりで、人工なんだが、養殖なんだかわからないが、「食」という事も、「ホント」が何かなんてわからなくなっているのかも知れない。

2007年11月26日月曜日

そんなの関係ねー? - ホンネとタテマエ

歳をとると、運動後の筋肉疲労が、1-2日遅れてくる。理由は知らない。脳もそうだろうか。大きな体験は、昔なら直ぐに咀嚼、感想につなげたが、最近は、頭の中でこなすのに時間がかかる。今回の上海も、見聞きした事を、理解と知識につなげるには少々時が必要だ。シナプス老化だろう。さて、それはそれとして、上海で松原氏と車中で色々と話した中に、「社会主義資本経済の今後」があった。つまり、目の前のギラギラ経済発展と、共産党一党支配との関係をどう考えるかだ。経済は、構成する人の欲望の内外爆発で拡大し、そこでの格差の不満を暴発にまで行かない程度に制御する事だ。それができれば、その上部構造の政治やイデオロギーは「関係ない」という事か。上に立つものが、腐敗・搾取していると思われない内部統制を見せれられればそれでよいのかも知れない。日本だって、資本主義といいながら、現実はマルクスが目指した「社会主義」になっている。ようは、上部構造がタテマエで、下部構造がホンネということだろう。更に言えば、それを横に比較する事はあまり大事ではなく、その2者のバランスがうまく取れているかの度合いの比較が大事だ。

2007年11月25日日曜日

10年ぶり - ギラギラ上海、恐るべし

2泊3日で上海に行ってきた。多分10年ぶりだ。当時、空港は虹橋にあり、高速道路、地下鉄の建設が始まっていた。それがどうだ、リニアが走り、超高層ビルが立ち並び、高速道路が縦横に通る。ちょっとした道の奥を見れば、まだ昔の町並みも少し残るが、まるで違った街になってしまったようだ。あの頃に外資といえば、日本企業で、たとえば伊勢丹デパートなどががんばっていた。それは今もあったが、こう言ったら失礼だが、ターゲット客層は、多分中流以下になっているようだ。つまり、上層、超上層の勝ち組が出現し、それを相手のブランド街、レストラン、ホテルが新築されている。今回宿泊したのは、一番最近オープンの、ル・メリディアン。新築でも、どこかずれていたり、中国モードだったあの雰囲気は、もうどこにもない。「ここは六本木のミッドタウン」と言っても、まずわからない。上海タワー脇のグランドハイアットの入る、金茂タワーの88階に上ったが、景色は「すごい!」の一言。さらに、その隣には101階建ての森タワーが建設中だった。上海蟹、紹興酒も堪能したが、「上海」、そして「中国」、そのものの、エネルギーと発展を目の当たりにした。帰国後、成田からバスで都心へ向かったが、なんだか景色が「寂しかった」。でも、ギラギラから離れて、ちょっと「ほっと」した。